25 4月

『道』212号 宇城憲治巻頭対談 特別編

宇城憲治巻頭対談 特別編
怒り、覚悟、寄り添う心を原動力に

 

2005年から2011年に本誌巻頭対談にご登場いただいた
4人の方々との特別編。

一人目は、元神風特攻隊員の浜園重義氏です。

氏は激戦区に送られ、グラマン3機に攻撃された時のことや、 特攻出撃の時の心境などを包み隠さず語ってくださいました。

飛行機には78発、身体にはその破片が15発。
それでも生き抜いてこれたのは、どうすればよいかを常に考え、研究し、工夫したからこそと。特攻に行く日の
お母さまの思い、何度読んでも、涙が止まりません。

2人目は、フィリピンのルパング島で3人の戦友とともに戦い続け、戦友たちが 亡くなるなかで30年間、一人任務を全うされた元陸軍少尉・小野田寛郎氏。

一人で生き抜いた小野田氏は、一人ではぜったいに生きられないこと、だからこそ 、お互いを認め合う社会でなければならないと語ります。
同じ言葉でも、壮絶な体験をされた小野田さんの言葉は、どんな政治家やコメンテイターの 言葉よりも重みがありました。

3人目は、70歳から家を売り払い、覚悟を決めて、命がけで秘境ネパールムスタン で農業指導を行ない、見事不毛の台地を沃野によみがえらせた近藤亨氏。

農業指導だけでなく、果樹や魚の養殖、さらに病院や学校まで建てた近藤氏は、 恩師の「常に弱者のためにあれ」の言葉を守り通し生きてきたと語ります。

70歳からの行動。
取材当時は88歳。まさにその命がけの活動のさなかでした。

4人目は、広島陸軍病院に赴任中で被爆し、直後より被爆者治療に携わり、 内部被爆に苦しむ6000人以上の人達診療し共に戦い続けた肥田舜太郎医師。

目の前で苦しむ人たちを決してみはなさず、その人が亡くなるまでつきあった肥田氏の生き様は、 医療とは 医師とは 人間とはを、あらためて問うものでした。

人のためにこれほどまでにエネルギーをそそぎ、寄り添う生き方。
そして勇気、覚悟。まさに日本の侍ここにあり!

そんな特集ページとなりました。

 

[季刊『道』212号]

 

道212号 巻頭対談