■ 読者の声


 

新版 空手と気

気の根源 思考の深さ

宇城憲治 著

[詳細・購入ページ]

大事なことやヒントがたくさん書いてある  大分 団体職員 50代 男性


先生が伝えたいことのどれくらい理解できたかわかりませんが大事なことやヒントがたくさん書いてありました。

数ヶ月後、数年後に読んだとき今よりずっと理解できるようになりたいです。

大事にしたいと思います。

今読んでも、その奥深さにまさに不変なものがそこにある  静岡 農業 30代 男性


新版『空手と気』を購入させていただきました。
最初の発売の時にも購入させて頂きましたが、その時から10年以上経過していますが、その内容は今読んでも、その奥深さにまさに不変なものがそこにある、物事の本質なのだと今、読み返してみてもそう思いました。

本書は武道書という面も内包していますが、それ以上に時代によっても変わる事の無い、自己の成長や、人間としての生き方を説かれていると思います。

また加筆された部分も、その項に書かれている事で、今の日本や個人が抱えている不安や、問題の解決の糸口が見えてくるような気がしました。

そこにある宇城先生のお写真も、何かを感じる。自分の心に真正面から訴えかけてくるものがありました。

最後のページの「最後は自分」という項が、ズシンと強く、自分の心に残りました。これからも何度も読み直したいと思います。

読み返す度に新たな気づきがある  福島 公務員 50代 男性


本著のサブタイトルである 「気の根源 思考の深さ」

「気」とは何か?
「思考の深さ」とは?
「空手」というキーワードと何が繋がるのか?

私がこの本を最初に読んだのは10年前だったと思います。

フルコンと筋トレをバリバリやっていて、仕事でもプライベートでも衝突ばかり、自己中心の我欲台風のような私が、ひょんなことから大怪我をして身動きが取れなくなっていた時、宇城先生のご著書に出会いました。

あの頃、宇城先生のご著者は、読んでも、幾度読み込んでも、何が何やらさっぱりわからなかったです。でも、その紙面から伝わってくるただならぬエネルギーは感じることができました。そのエネルギーが何かわからぬまま、しかし、それでも何が間違いかだけはハッキリと認識することができ、フルコンと筋トレをきっぱりやめて、道塾を受講しました。

宇城先生のご指導を直接受けるようになり、自分の知りたいことがすぐに理解できるようになったかと言えば、そんな都合の良いことはありませんでした。
むしろ、わからないことがより多くなって、どうすれば良いのかわからなくなりました。しかし、以前とは異なる、「向かう方向は明確、しかしその方法論がわからない」でした。

このころから、宇城先生の本が「なんとなく」読めるようになってきました。
「一度読んで、わかった気になってはいけない」
「How to を求めてできるようになる世界ではない」
「奥は深い、自分の常識で計れるレベルではない」
そんなことに気づき、それまでの横着で高慢な生活を続けてきた己を否定する、苦しい時間でした。

その苦しむ時期に起きたのが、東日本大震災、福島第一原発事故でした。
福島と被災地を想う、宇城先生と宇城先生に学ぶ塾生たちの熱い心、その繋がり。まさに迷う余地がない。
あの震災と原発事故は、私を宇城先生の世界に否応なく放り込んでくれたのだ。
そう思いました。

しかし、その世界も純粋に深くそして高く、自分のレベルでは、なおさら計り知れない世界でした。わからないから知りたい。
宇城先生のご著書ばかりではなく、最新の量子物理学、脳科学、生物学、地理学、宗教学、手当たり次第に読み漁りました。

でも、宇城先生が示す世界を表す書籍に出会うことはありませんでした。断片的に「近い」理論を展開する書物は、量子物理学の本にいくつか見られました。
「はぁー・・・科学もここまで来たかぁ」と正直に思いましたが、今、このタイミングで出版された『新版 空手と気』を読み直したら、全てが「既に」そこに書いてあったことに気付きました。

いまさら驚くとか、その事実を称賛するとか、もはや意味がありません。
そうなのだという「事実」があるだけです。
このタイミングで「新版」が発行された意味。
改めて己のレベルを知ることになりました。

読み返す度に新たな気づきがある。己のレベルを測ることができる。
紙でできた本というものが、どれだけのエネルギーを持っているのか。
その書き手の心が込められている、それが伝わる。

それでもその先がある。「言葉」だけではなく「事実」に触れる、体験することで本物の深さを感じることになると思います。
自分を変えることができる本。そのような本に出会えたことに感謝します。
ありがとうございました。