読者の声| 季刊『道』 225号(2025年夏)
広島 公務員 50代 男性
小林信也氏の連載で、宇城先生が野球選手に現役続行よりスカウトの道を勧められ、野球以外の道で今ご活躍されていることが凄いと思いました。
埼玉 会社員 60代 男性
菅野芳秀さんのお話に、農家の側から見る日本社会の実情に暗澹たる気持ちになりました。やはり衰退は加速しているとの実感の中で、それでも「市民皆農」などの着想をどんどん提示し実践している菅野さんの思いを、日々の食事で思い出し噛みしめていき、自分にできることを実行していきたいと思いました。また、本号までデザインを手掛けられたデザイナーの方のご逝去に、感謝の念を添えさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
京都 大学教員 50代 男性
矢山先生と宇城先生の対談を拝読しました。バイオレゾナンスを受けたことがありますし、歯の金属も除去していたので、矢山先生の取り組みにはただただ納得しかないのですが、宇城先生と対談されていることで、バイオレゾナンスや歯の金属の問題が気にこれほど関わっているということがよくわかりました。
矢山先生の「自分のやってきたことをさらりと忘れることは、本当に難しいですね」という言葉に感銘を受けました。そして、宇城先生のお言葉である「進歩成長とは変化することである。変化するとは深さを知ることである。深さを知るとは謙虚になることである」の意味を噛み締めています。
熊本 会社員 60代 男性
矢山院長と宇城先生の対談で、道塾で体験する先生の気の存在を、機械によって実証出来ることに興味が湧きました。そしてこれから進化していくAIに対し、人間が何をすべきかのヒントが示されていて、とても為になりました。
岡山 教員 40代 男性
宇城塾長と矢山先生の対談を読み、日本人としての生活や文化、歴史の良さを自分の中に残していかないといけないと感じた。塾長から気づかせていただいている、「見えないものにこそ大切である」ということを実感する内容であった。
自分がわからないもの、言語化出来ないもの、理解できないものを切り捨てるのでなく、それこそ大事にして謙虚に受け入れていくことが今の自分に必要だと気付かされました。今号もありがとうございました。
奈良 無職 60代 女性
今回の道の矢山先生との巻頭対談は非常に興味深く読ませていただきました。宇城先生がいつもおっしゃっている医学会の闇の部分が少し窺えて、私はどっぷりと薬漬けになっているのがよくわかりました。
分断された部分(衝突・個)ではなく全体(調和・絆)で本当の力を発揮できる存在であること
福島 公務員 50代 男性
今号の「食」「農」「医」と人の命に深く係わるテーマに、頭も心も打ちのめされ、正直、日本の未来は、人の未来はないのではないかという絶望を感じましたが、それ以上の「なんとかしなければならない」という強いエネルギーと希望をいただきました。本当にとんでもない一冊でした。
読み終えて強く印象に残ったのは「部分と全体」です。
この世界は宇宙の理(ことわり)によって成立している。それを、矢山院長も大山教授も菅野さんも前島さんも佐々木さんも野村さんもかっこちゃんも金澤泰子さんも岩井代表も宇城先生も安藤さんもそれぞれのジャンルにおいて体現されています。
しかし、人間性とそこから生まれる人間力で良き社会を形成維持してきた日本に未曽有の危機が迫ってきているのをひしと感じます。それは人が宇宙の理から乖離し、全体が分断・分離されクラスター化し、循環が止まり、人の輪や地域などの場が持つエネルギーが急速に失われているからだと思います。その結果、過去から現在、未来と続く時間さえも途切れてしまうのかもしれません。
その原因はなにか?
今だけ、金だけ、自分だけという風潮が世界に満ちてきているからではないかと思います。
では、その風潮が満ちてしまうのはなぜか?
希望の喪失から生まれる不安なのだと思います。農業の衰退による食の危機(これは生命に係わる深刻な問題です)、人口減少による経済の縮小、明るい将来を見通せない漠然とした不安、頻発する大規模災害、頼りにならない政府・政治家、問題の核心に目を向けさせないマスコミなど、例を上げたら枚挙にいとまがありません。
ならば、どうすればよいのか?
人が宇宙の理の中で生かされている存在であること、分断された部分(衝突・個)ではなく全体(調和・絆)で本当の力を発揮できる存在であることを理解し、実際に行動することだと思います。ですが、スピリチュアルや科学のような実践を伴わない言葉ではなく、季刊「道」に紹介されるような実践者の生き様に学び、可能であるならばその身をもってその生き様に触れるしかないのだと思います。そこから流れ込むエネルギー、触発されて自らの内から湧き上がるエネルギーに満たされることで「心」が、「人間性」が再生され、実践行動へと繋がる「人間力」になるのだと思います。
園田天光光さんのおっしゃった「心の餓死防衛」を気づいた者が強い意志を持って今こそ展開しなければならないのだと強く感じます。私も地域の仲間たちと農業の真似事を行っていますが、今号で学んだことをみんなで実践してみたいと思います。
本当に素晴らしい一冊をありがとうございました。
次号も楽しみにしております。
矢山先生の医師としての実践とは、患者さんの病気が治るか治らないかという人の人生を左右する重さがある事
福島 会社員 40代 男性
矢山利彦氏との巻頭対談より、自分の拙い文章では言葉が的確ではないと思いますが、気、文化、技術、心、医術などが融合した次元が違った対談だと思います。未熟な自分ではボヤッとしか分かっていない気を言語化し、さらに可視化できている事に感動しました。
矢山先生の医師としての実践とは患者さんの病気が治るか治らないかという人の人生を左右する重さがある事が、会話の内容の重厚さに繋がっていると思います。矢山先生の治せない患者さんへの「すいません、今の私の知識と技術では治せません」というお言葉が結果を受け入れつつも、諦めてなく、自分の独りよがりになってなく、かつ相手への配慮や優しさに満ちているのが文間から感じました。
すぐ、「自分が・・・」の方向に行こうとしてしまう私としてはとても反省したいと思います。(自分の場合はかなり低いレベルの話になってしまいますが。)
菅野芳秀氏の記事を読ませて頂きまして、思った事が、自分の心と向き合ってきた方なんだな。ボトムアップをやり続けてきた事が凄い。という事でした。会社や組織で少しでも下から行動をしてみた人ならその難しさが分かると思います。それをやり続ける事ができた理由は、自分の心と向き合い続けた事ではないか?と感じました。
記事の菅野さんのお言葉から日本国民は、農業を軽視しすぎている。と思っていた自分自身が、農業を他人事にして、まだまだ軽く見ていた事に気付かされました。今のお金が中心の経済では、農業は産業の一分野としか思われていないと感じますが、その認識ではダメで人間にとっても特別な産業だという事に気付かされました。
大山修一氏の記事。アフリカの砂漠化した土地の中でゴミを撒いた場所が緑化していく。地球の環境がどんどん壊れていく状況で、とても希望がある話だと思います。
言葉が通じないニジェールに一人で行き、現地の人に混ざって行動し、緑地化する方法を見つける。大山氏は本当にザルミがあると思います。ゴミを撒いた場所が緑地化する。政情が不安定な中でも活動する。大山さんの人生のお話を聞いてるだけでとても面白い。そして、地球は循環している事を再確認する事ができました。
そんな大山氏の原点にあるのが食べる事への欲求で、「他の飢えた子供達も食べる事ができる様にしたい」その気持ちを何十年も持ち続けてこられた事が素晴らしいと感じます。自分達、日本人は小さな頃より、「他人と競争しなければいけない」や、「いい大学に入る」「いい会社に入る」など目先の小さなものの為に頑張る事を、刷り込まれてきた様に感じます。自分の気持ちに正直に行動していたからこそ、砂漠を緑地に戻すという規格外な結果に繋がったと思います。
この「道」という雑誌が、書店で売っている雑誌などでは読む事ができない雑誌だと再確認しました。素晴らしい内容をありがとうございました。
新たな仕組みづくりが急務であり、それを創るには人間性が必要不可欠であると思います
静岡 農家 40代 男性
巻頭対談で矢山さんがAI技術が進歩してきた事で、人間しか出来ない事は「気の技術」と言われており、それはまさに宇城先生の言われる「人間性」であると思います。
今の教育の知識一辺倒ではすでにAIの方が上であり、そこに人間の価値はすでにありません。宇城先生はAIの進化は人間は何をすべきかを問いかけている、と言われていますが、まさにそれがこれからの時代、人間にとって最重要な事となってくるのだと思います。
現在の医療や科学に対して矢山さんは「違う仕組みを作るしかない」と言われています。大山さんはゴミでアフリカの飢餓の問題に取り組んでおり、こちらでも「食える社会」を作りたいと。「仕組みをきちんと作っておかないと環境の再生はそれ以上進んでいかない」と言われています。
令和の百姓一揆の菅野さんもレインボープランという家庭の生ゴミを循環させる地域的仕組みを作りました。気づく、気づかせるでは、まさにその様々なもの、世界を生み出す人間の「生成の仕組み」を宇城先生が述べられております。
まさに無から有を生み出す、その事象の象徴的存在が人間や生命であると思います。そしてそこから生まれた存在である人間は、また自らの生成のように無から有を生み出すような、少なくとも循環するような仕組みづくりをしていかなければならないのだと思います。
そのような仕組みを創り出すには、まさにビッグデータという実践、実証、先にありき、ようはありのままの事をそのまま感じ取り、それに対して答えを出していく、という感覚が必要なのだと思います。それには知識や頭で考える事ではなく、身体で感じる事が必要になってくるのだと思います。
大山さんのお話で、ゴミにマイクロプラスチックがあるという日本の批判に対して、現地では「じゃあ、俺らに食べ物の作り方を教えてくれ!」と言われた事など、まさに頭で平和ボケした日本人と、今日明日の切迫した命の危機と身体でまさに向き合っている当事者との違いだと思いました。
そして大山さんも自らがそこへ行く、生活を共にする、という身体で感じたからこそ、このような行動のエネルギーも生まれ、そして答えを出す事が出来たのだと思います。
そのように新たな仕組みづくりが急務であり、それを創るには人間性が必要不可欠であると思います。またその人間性を失わせる方向へとされている現代日本の教育の仕組みの中で育てられる子供達を、我々大人が勉強し、気づき、守っていかなければならないと強く思いました。