読者の声| 季刊『道』 215号(2023年冬)  

お二人の対談を読むことで、私も気力をもらえます
兵庫 会社員 男性


数々の事業を大きくしてきた佐藤先生と宇城先生の対談を読んで、大変なことを明るくなんでもないかのように話されるお二人をすごいと素直に思いました。
未完成だからこそ挑戦する気力が湧いてくる。できないからダメでははなく、できないからこそできるようになる。お二人の対談を読むことで、私も気力をもらえます。ありがとうございます。

希望が先に繋がる事を伝えていきたい
東京 専門学校講師 50代 男性


宇城憲治先生と佐藤芳之氏の対談を読んで
今の日本は心まで貧しく状態、若者が先の不安や希望を失っている。
二人の元気の出る対談を読んで、これから自分が伝えなくてはならないことは希望を与える教育、基本の重要性を、実践を通してやってみせる。希望が先に繋がる事を伝えていきたいと思っています。

宇城憲治先生と安藤誠氏の対談を読んで
教育のeducation本来の意味は引き出す、今の教育teaching教え込む
教育は教え育(そだ)てる、教え育(はぐく)むとは違う
人を大事にする心と人を大切に思いやりの心、心をつくらなくてはならない。

安藤氏の言葉「宇城先生のような先輩が前を歩いてくれているので、僕は胸を張って歩いて行ける。」
自分は宇城先生の通り方を目指し、教え子の先を歩いて胸を張って前を進む事が出来る様に心掛けます。

まさに行動のエネルギーを与えてくれる希望に溢れた対談
愛知 会社員 男性


■未完成こそ原動力
お二人の対談を読み進めるごとにエネルギーが共鳴して高まっていく感覚を覚えました。現在の社会が抱える問題やこれからの未来に向けて人々が進んで行くべき道をユーモアを交えながら、読者がとてもイメージしやすく明確に示してくださっていると感じました。私はよく『希望』という言葉を耳にしますが、その『希望』とは何なのかが分からずに生きてきました。人によっては『希望』という言葉は、我欲に基づく自分よがりなものを指したりすることがあると思います。私が『希望』という言葉にいまいちピンと来ていなかった原因は、この我欲に基づく願望をイメージしてしまっていたからかもしれません。お二人の対談を読ませていただき、「こうなったら世界中のみんなが笑顔になり、自分もワクワクしながら生きるのが楽しみになるなぁ」という楽しい気持ちになりました。心を揺り動かす『希望』という言葉の真の意味を感じさせてくれました。「これは是非あの人にも読んでもらわなければ!」と思い、気がつけばもう一冊道を購入していました。まさに行動のエネルギーを与えてくれる希望に溢れた対談を読ませていただきました。

■嘘のない自然が見せる真実の世界
人間は本来自然の一部であり、自然そのものであるはずなのに、人間には本能を覆い隠す自我があり、自然の流れに逆らう稀有で不可思議な生命体であると改めて思いました。自然界の中にも戦いがあり、潔く譲ることで調和が取られているという厳しい側面もある。そこに良い戦いと悪い戦いがあるのでしょうか。人間に当てはめると、戦争は自然界の戦いとはどう違うのだろうか?と考えました。やはり地球がひとつの生命として循環して行くために起こる自然の戦いは必然的ではありますが、破壊のみをもたらす戦争は地球にとって不必要なものであると思いました。ならば、人口が増えすぎた人類は、地球にとって不要な存在になっていくのでしょうか・・・。対談を読みながら、自然の厳しさをもっと勉強しなければいけないという感覚になりました。地球の意思、謂わば天命として自身が譲らなければならない立場に立った時に、果たして私は潔い決断をすることができるのか。その決断が是なのか非なのか。学ばなければならないことはとても多いと感じます。

■精米技術で健康と環境を守りたい
私の生活で身近なところにある無洗米。この無洗米が雑賀社長が考えたものであるということ、そして海を守りたいという思いから誕生したということを初めて知りました。雑賀社長のとてつもない偉業の原動力は、『社会の役に立つ』という人に寄り添う心から来ているのですね。儲けたい!という想いだけのエネルギーとは比べ物にならない力が出てくるということを証明する正に実践してきた方のお話でした。金芽米、さっそく食さなくては・・!

■塩から社会を見てみれば
『僕らは漬物と同じ。塩で満たされていないと腐る。』という一文に、「なるほど!」と納得しました。工藤さんの仰る、自分の体に海を作ることを意識して天然塩の摂取を継続していきたいと思いました。

■愛と関わりと連携で、輝きを取り戻す子どもたち
苦しむ親子を生み出している『今の社会』のことを余りにも知らなすぎる自分がいます。道を読ませていただき、『今の社会が生み出している様々な苦しみ』に対して、「こんなに大変なことが起こっているんだな」という知識を増やしているだけで、その『苦しみ』を生み出している根本の部分『今の社会』に目が向いていない自分に気がつきました。『今の社会』について圧倒的な勉強不足を感じます。私は宇城先生に学ぶ空手実践塾生です。宇城先生は宇城空手を通じて、枝葉の部分ではなく根っ子・根幹の部分を身体で感じ、観ることを教えてくださっていますが、私は単純な目に見える技の凄さだけ求めてその根幹にあるモノに意識がいかない状態が続いていると思います。深さを追求することができていません。前島さんは目に見えて現れる問題を通して、『今の社会』という目に見えにくい根幹に気づくように導いて下さっているのだと思いながら読ませていただきました。勉強します。

■ミツバチが教えてくれること
ハニーさんの記事を読ませていただき、40歳を目前として私も歌うことや演奏すること、絵を描くこと等を「なにもわかっていないけど、やりたいな」と前々から思っていたことをやってみようかなと思うようになりました。

■私たちは銀河のなかに生きている
平らな円盤の形をした銀河の中にある太陽系。その中にある地球。小さい存在である自分は同じ場所にいて変わらない日常を過ごしていると錯覚していますが、無限に広がる宇宙の中では決して一瞬たりとも同じ場所には居ません。なのに、なぜ変わらずに生きられると錯覚しているのでしょうか・・・壮大過ぎて感知できない宇宙の中の否応なく変化し続けている自分の変化を感じながら生きていける人間になりたいと思いました。

■地球を歩く
伊勢神宮において、天照大神の気がどのように降り注ぎ、広がって行くのか。それを確かめることができるであろう場所を予測して自ら赴く。ただ単純に行ってみるのではなく、高精度GPSを使う。行動して確かめにいくことによって、巨石に出会い、野村さんの中に天照大神の気の流れの答えが出来上がっていく。野村さんが森の中に入っていく場面は短い文章ですが、GPSとカメラを持って森の中に入って行く野村さんの姿がイメージでき、どんどん真相に近づいていく良質なドキュメンタリー番組を見ているようにワクワクしながら読ませて頂きました。真実は解らないかもしれませんが、自分の中で自分が納得できる答えを追求していくことが、人が自分を信じる力を強めていく方法なのかもしれないと思いました。それがその人の魅力となり、人を惹き付けるのだと思います。

■きょうも、いい日
金澤泰子さん曰く、翔子さんの平和は身の回り5m位の広がり中にある。この空間に入ると翔子さんの平和に触れる。この空間は宇城憲治先生が仰るところの『調和』の空間になっているのだと思いながら読ませて頂きました。身の回りが平和な空間となっても、世の中には1人で包み込むには余りにも広すぎて、余りにも人が多すぎます。一人一人が調和の空間を持ち、それが繋がり広がっていく。自分は世界を平和にできないけれど、せめて自分の身の周りの平和を願い、調和の心を育む想いを切らさないことが、いつか世界を平和にする一粒の力になるのかもしれない・・・。

■ありのままの私たち
『みんな100点大作戦』はとても素敵な作戦だなと思いながら読ませて頂きました。私は小学生の頃から5段階評価の内容を毎回気にするような子どもでした。成績が良いと他の子と比べて優越感を感じたり、成績が下がると親に見せたくなくて落ち込んだりしていたのを思い出しました。『みんな100点大作戦』は他と比べさせることなく、子どもたち一人一人がしっかりと理解して、自信を付けることができるというとても素晴らしい作戦だなと思います。私も小学生や中学生の頃に『みんな100点大作戦』をしてくれる先生と出会っていれば、もっと学校や授業も大好きになっていたのだろうなと思いました。

■今日一日を生きる
市販薬であっても薬物依存になるということは知識として持っていました。先日、ストレスや不安を感じた際に「使ってみたら楽になるのかなぁ」と頭をよぎったことがありました。薬物依存についてはどこか自分にとっては別世界のことであるかのように感じていましたが、ふと「使ってみたら・・・」という思いがよぎったことにより、自分の中にも薬物依存に陥るきっかけが潜んでいることに気がつきました。強く欲したわけではないですが、自分にもこういった考えが思い浮かぶのかと思うと恐ろしく感じました。しかし、それと同時に薬について考えると、必ず岩井さんのこと、『今日一日を生きる』を思い出します。「きっかけ」はいつどこで芽生えるかわかりませんが、ダルクの活動を知ることで小さな『きっかけ』をかき消して思い止まらせてくれる防波堤ができているのだと感じています。

■気づく、気づかせる
体験道塾の子どもの感想で、『入る』という言葉をそのまま使っていることに驚きました。解っていないと使えない言葉だと思います。私は『入る』という感覚がうまく解っていません。なので、『入る』という言葉を使うことができません。指先だけで大人たちを倒す子どもの写真を見ていると、少年と同じ指先から肘、二の腕を通りなんとなく身体の芯の部分にエネルギーが通ってくるような感覚になります。また感想文にある『楽しいことをすると~』という言葉も、大人の感想文ではなかなか出てこない表現ではないかと思います。理屈抜きに身体が『楽しい』と感じ、小難しい言葉を使わずにそのままの意味で『楽しい』と表現する。宇城先生が教えてくださるエネルギー溢れる空間に赴き、エネルギーを感じたいです。

■日常の奇跡
あまりにも幻想的な風景に、同じ現在の日本であることが信じられないような一枚です。番のタンチョウを指で隠して見てみる。そして指をはずし、またタンチョウと共に風景の写真を見る。タンチョウが隠れると身体の胸の奥が少し閉じ、タンチョウが現れると胸の奥が開く感覚があります。風景だけでも幻想的で素敵な写真ですが、そこで力強く生きる生命、しかも固く結ばれた番の生命が現れると見る者が感じるエネルギーが高まる一枚になっていると感じます。

「未完成こそ原動力」という言葉にハッとしました
埼玉 管理職 60代 男性


佐藤芳之さんとの対談で、「未完成こそ原動力」という言葉にハッとしました。パンデミックの中で自分でも気付かないうちに消極的な暮らしになっていたというか、安住・安定を求めて、未完を自覚し挑戦していく気概に欠けてしまっていたなと思います。もっとスケールを大きくしてビジョンを持って生きるべきと改めて得心しました。

雜賀氏の誰もやらない社会の問題を率先してやられる人生に感服
福島 会社員 40代 男性


雜賀氏の誰もやらない社会の問題を率先してやられる人生に感服しました。また、メーカーになり代理店契約の話で、自分の目論見を外れて銀行口座にお金が入金されてしまうくだりなど、つい笑みを浮かべてしまいました。自分の本意で無く、周りが動いてしまうというのは、その方自身にエネルギーがあるからだと思いました。目に映る問題が、社会的に広い範囲の問題に、どう繋がっているか?という事を考える事ができました。

雜賀社長の経営は正に本当の経営だと思いました
秋田 教員 50代 男性


安藤誠さんの「森への祈り」という写真に惹きつけられました。解説にある東山魁夷さんの絵のようで、だけど現実の風景として存在し、それを写真に捉えられた素晴らしい写真だと思いました。

東洋ライスの雜賀慶二社長の、誰もやらないことをやる、社会が必要としていることをやるという精神に共感しました。
精米によって米の大事な栄養をなくしているため、白米食は何十年と時間をかけて身体の健康を壊していく。だから玄米より食べやすく、栄養価が玄米とほぼ変わらない金芽米の加工技術を開発された。次代を担う子どもと子どもを産む妊婦さんに金芽米を提供するために、大阪府泉大津市と提携され、最初の1年は会社の費用で妊娠を届け出た市民に出産まで毎月10キロの金芽米を無償提供した行動力がすごいと思いました。
実際に1日に昼1回だけ金芽米を食べている会社は医療費が普通よりぐっと低いと統計に出ている。医療費、介護費、年金など社会保障費が20年先には100何兆円になると厚労省の白書で書いている国に、金芽米の製造権や特許権を国に譲渡するので、国民に金芽米を食べてもらったらどうですかと提案したが、国はそれを受け付けなかった。これは残念だとおっしゃっていました。
経営とは、経(正しい道理)を営むと聞いたことがあります。雜賀社長の経営は正に本当の経営だと思いました。

80歳を越えて尚、前を見据えて力強く行動されておられる推進力に感服
東京 ビル管理 40代 男性


佐藤さんと宇城先生の対談を拝読させていただきました。
80歳を越えて尚、前を見据えて力強く行動されておられる推進力に感服致しました。

佐藤さんの利益を目的とせず次から次へと行動出来る原動力の源は社会貢献であったり、いつも宇城先生から学ばせていただいております人との繋がり、思いやりの心にあるのだと感じました。

戦後の日本や発展途上国に生きる人達にあって裕福な現代の自分達に無い物を考え、今自分に何が出来るのか、どの様な行動をとるべきかを考えさせられました。

お二人のスケールの大きなお話を拝読させていただき、少しでも社会や人の為に努力し貢献したいと思いました。
今回も希望が持てるお話をありがとうございました。

 

佐藤さんの行動力が素晴らしく、読んでいてわくわくしました
神奈川 主婦 40代 女性


佐藤芳之さんとの対談、たいへん興味深かったです。佐藤さんの行動力が素晴らしく、読んでいてわくわくしました。一方外から見た日本の話は本当にそうだなと気付かされました。
佐藤さんのお言葉「いつも未完成、死ぬまで開発途上人間でいたい」は、宇城先生が日頃からおっしゃっている「宇城空手は死ぬ時が最高」と同じだと思いました。
私は49歳、まさに日本で一番多い年齢です。
私も50代60代とマグマをためていきます。
宇城先生「気合入り焼酎」を世界会議で各国代表がのむ場面を本当にみたい、そして宇城先生のマグマ爆発を見続けたいと思っております。

どの号を読み返しても新たな発見や思いが溢れてくる活きている本
岩手 教員 60代 男性


佐藤さんのスケールの大きさに圧倒されました。
私もスクールカウンセラーとして社会に貢献したいと思いました。

どの号を読み返しても新たな発見や思いが溢れてくる活きている本
福岡 介護職 女性


以前『道』で対談された方が数年たっても益々お元気に更なる飛躍をされていることを読ませて頂きました。
驚きと共に自分の時間を自分で止めていては行けないと思いました。
どの号を読み返しても新たな発見や思いが溢れてくる活きている本だと思っています。

行動ということが日本人にとっても気を取り戻す為にも重要なことだと感じました
熊本 会社員 50代 男性


宇城先生と安藤誠さんの対談を読んで、白樺の森を作るスターターの役目をしているとか、自然界にはそれぞれの役割がある。人も自然の一部であるので、それぞれ役割があって生まれて来ている。のだと思いました。

日本の教育は勝利至上主義で、その事が体と心を分断し、統一体ではなくなってしまっている。このことは道塾でも先生から学んでます。

最近ラジオで、小中学校の色々な大会をなくそう。という動きがあり、それは勝利至上主義が教育上良くないから。と言うことを聞きました。

日本政府もやっと気づき始めたのでしょうか?
日本の大学もアメリカと同じように入学するのは簡単だけど、卒業するのは勉強しないと難しい。というふうにした方が詰め込みの勉強ではなくなるのではないかと思いました。
安藤さんはガイドを育てる時、喋るな。と言われているそうですが、考えるのではなく感じる、ことが大切で、また頭で考える事より行動することが大切である。と言われてました。
宇城先生も道塾で常に言われています。行動ということが日本人にとっても気を取り戻す為にも重要なことだと感じました。

今号は寒い冬を熱くするかのようなエネルギーを感じる記事ばかり
宮城 会社員 60代 男性


今号は寒い冬を熱くするかのようなエネルギーを感じる記事ばかりでした。ケニア・ナッツ・カンパニー創業者の佐藤芳之さん、写真家・ネイチャーガイドの安藤誠さん。各氏との双璧のような巻頭対談。それぞれの熱く、深くそして冷静に、自らの思いを一つ一つ確実に実践していくパワーとその発信力に圧倒されました。

精米技術を通して経営と一体化させながら人々、子供たちの健康を守る活動を進める88歳現役社長の雜賀慶二さんからは、年齢を超えた力が溢れ出てくるようでした。

茨城ダルク代表の岩井喜代仁さんと、昨年亡くなられたダルク創設者の近藤恒夫さんとの、命と命の付き合いのような関係には心に響く凄味が感じられました。

そして書家、金澤翔子さんの書には、いつもずっと見続けたくなる味わいがあるのですが、今回は「歩」。すべての人に「元気に前に向かって歩こうよ!」と心から言っているようです。

これからも『道』の記事にエネルギーをもらいながら自分なりの道を歩いていきたいと思った号となりました。

人の為に行動している方々はその根底がとても明るい
神奈川 パイロット 50代 男性


佐藤さんは、本当にすごい人だと思います。
今まで行動されてきたことや年齢のこともそうですが、その行動の原点が、自分の為ではなく、もっと大きな何か、人々や社会の為というところに根差していることが、何よりも凄いと感じます。そこが、先生と最も通じているのではないかという気がします。

そして、対談の内容の深さにもかかわらず、とても明るい雰囲気を感じます。
そして、ふと思ったことが「人の為に行動している方々はその根底がとても明るい」という事です。
逆に、自分のことだけしか考えられない人は、とても暗いように感じます。明るいから人を助けられるのか、人を助けるから明るくなるのか、そこは判然としませんが、先生を筆頭に、とても大きなロールモデルが身近(『道』を通して)にあるので、そこから多くのことを学ぶ必要があると感じました。

どうして、人は祈るのか、どうして社を建てるのか
名古屋 販売業 60代 男性


「地球を歩く 伊勢神宮」私自身、命名は熱田神宮で授かったと、近くの氏神様にお宮参りから始まり神仏とのかかわりは生まれてから65年新しい年を迎える度、初詣、伊勢神宮も何度も参拝に訪れた。
どうして、人は祈るのか、どうして社を建てるのか、自然界へ畏れを沈め感謝をささげる、日々おかげさまの世界。なるほどである。

対談の内容は強く心に刺さりました
埼玉 60代 男性


御二方との対談の内容は強く心に刺さりました。『人生に定年はない、年を重ねただけで人は老いない』まさに希望のお言葉です。

佐藤さんのマグマのエネルギーに触発されました
宮城 会社員 50代 男性


ナッツカンパニーの佐藤さんのマグマのエネルギーに触発されました。まだまだ50台まさにひよっこだと思います。
私も日々の生活にエネルギーを出していきます。

今回もエネルギーをいただける記事
北海道 事務職 40代 男性


佐藤芳之さんが83歳の年齢にも関わらず、現役で非常にエネルギッシュなことが文面から伝わってきて、読んでいる自分も元気になりました。

安藤誠さんの巻末の写真は水墨画のように美しく、そのような写真が撮れるのは、対談記事から伝わるとおり、自然に対する謙虚さや自然から学ぶ姿勢があるからこそと感じました。自分ももっと自然に身を投じて、大自然から感じることを基礎に地に足が付いた生き方をしなければならないと感じました。

雜賀さんの記事では、石抜き機の開発に先立ちメーカーの人が「今できていないものはこれからもできる見込みはありません」という中で、自分で作ってしまうところが素晴らしいと思いました。そして88歳で今も現役経営者としてご活躍し、社会貢献に取り組む姿に元気づけらました。

今回もエネルギーをいただける記事をありがとうございました。

佐藤さんの止まることのないエネルギーを感じた
奈良 教員 40代 男性


本から佐藤さんの止まることのないエネルギーを感じることが出来ました。
特に70代が爆発のとき、というお言葉に自分もこんな人生を歩みたいと思いました。

また、宇城先生の連載では改めて子どもの潜在力に蓋をしている、教育現場の責任を感じ宇城先生に1人でも多くの生徒を繋げようと思いました。

佐藤氏との対談で、海外から見た日本の在り方に共感を覚えました
熊本 会社員 60代 男性


8年ぶりの佐藤氏との対談で、海外から見た日本の在り方に共感を覚えました。
そして、日本に住んでいる日本人として視野を広くして、今出来ることから取り組んでいきたいという勇気を頂きました。

宇城先生と安藤誠さんとの対談が印象に残りました
奈良 教員 50代 男性


宇城先生と安藤誠さんとの対談が印象に残りました。
自然の持つ厳しさと温かさ、白樺の木のお話では自然は調和で成り立っているということがよくわかりました。

とにかく明るく元気!お二人とも人生を楽しんで生きていることがよく伝わってきていました
静岡 理学療法士 50代 男性


宇城先生と佐藤芳之氏の対談は、今までにない程の明るい雰囲気でパワーに溢れていたと感じました。人生に定年は無い、死ぬ時が定年だ。のお言葉は、今年還暦を迎える私にとって、とても素敵なエールとなりました。孫も生まれ、還暦を迎え歳を取ったな、あと何年生きれるのかなとふと考えたことがあります。そんな弱気な私をぶん殴ってくれた対談でした。
常に不満足でいること、まだまだ進化すると信じて希望とチャレンジを持ち続けること。それがあれば、常に現役である。年齢は関係ない。死ぬまで現役であり、笑って死にたい。そのお言葉や姿勢にとても勇気をいただきました。また、挑戦する姿は悲壮感漂うものではなく、とにかく明るく元気!お二人とも人生を楽しんで生きていることがよく伝わってきていました。やはり、事を成すお方は常に元気で明るく、ユーモアがあり前向きな姿です。だから女神は微笑むのだな、と確信しました。

もう1つ、とても心が落ち着いた文章がありました。
金澤泰子氏の翔子の周りから生まれる平和のお話しです。

ウクライナ戦争や日本がどんどん凋落していく惨状、土地が外国人に買い漁られまさしく日本が買われる現状に、私個人はどうしていったらいいのか、どのようんな行動をしたらいいのか、、心が落ち着かない日々でした。
そのような心境で日々を悶々としていました。
そんな時に、翔子さんの平和は身の周りから生まれる。叫んでも届かない不可能に向かって獲得するものではない。というお言葉が心にスッと入ってきました。
私は近い周りに目を向けず、遠いところのことばかり悩んでいることに気づきました。

まずは、私の周りの方々が幸せになるために行動することが、何よりも大事であること。その輪を段々と広げていくことが平和への道であることを確信しました。
焦らずに、謙虚に地球からのエネルギーを自分の足元からいただき、愛を与える存在になっていきます。
ありがとうございました。

『道』を読むとホッとします
福島 会社員 40代 男性


『道』を読むとホッとします。
今回の内容を通しまして、現在の世の中は物質主義の二元化論になっていて、断片化してしまっている。人間が生み出した物質は人間の世界を住みやすい場所にして、その恩恵を、今生きている自分も受けている。ただ、それは人間の世界に都合がいいだけであって、自然界には迷惑な事の方が多いだろうと感じる事が出来ました。日本での場合は、全体を観るという事ができない断片化した思考と勝利至上主義が自分勝手な利己的な人間を育て、その育てられた自分達が自然や地球を汚していく。人間も自然界の中の一部でしかない。という思いが改めて出てきました。知識をかじった様な感想文より宇城先生の連載に最後にのせられた。子供達の素直な感想文を見習いたいと思います。

実践者の皆様のお話から、変わるためのエネルギーと気づきをいただきます
大阪 30代 女性


佐藤芳之さんのお話では、いつも発展途上でいつづけたいというお言葉、そして様々な事業でたくさんの人が豊かになっていくことを心底嬉しそうに語られていること。自分と周りの境目がなく、スケールが世界規模・宇宙規模で広がっていて、読んでいてワクワクしたエネルギーをいただきました。
安藤誠さんとの対談では、白樺のお話、熊のオスのお話、アルファオオカミのお話など、自然には嘘がなく、優劣がなく、全てに役割と意味があるということを教えていただきました。その自然の姿から学び、謙虚になり、自分の役割とは何かと、自分と向き合っていきたいと思いました。
雑賀慶二さんのお話では、自分が当たり前に石に当たる心配をせずにお米を食べていること、それは雑賀さんが「何百年何千年と石で困っているから、これからも見込みがない」と言われながらも諦めずに石抜き機を発明してくださったからだということを初めて知りました。社会が必要としていることをやる、その思いと行動が、常識を変え、新しい常識、よりよい未来をつくっていくのだと思いました。
金澤泰子さんの、平和は身の回り5メートルから生まれるというお言葉に、改めて、世界の平和のためにできることは、自分の周りの人を幸せにすること、そのために自分にできることを尽くすということだと思いました。
宇城先生の連載に掲載された11歳の男の子の感想からは、思うことが即、身体と心につながって現実になっていて、いかに自分が頭だけで考え、部分体、断片化してしまっているかに改めて気づかされました。このような子どもたちの自然体で全体化している本来の姿を損なわないように、謙虚に、全体化、調和に向けて、変化をしていかなくてはいけないと思いました。
道を読むと、自分が行動して変わることに全て帰結します。そして、実践者の皆様のお話から、変わるためのエネルギーと気づきをいただきます。
日常を照らす希望、道標をいつもありがとうございます。

毎号、気づかされることが多く生きていくうえで勉強になります
大分 男性


毎号、気づかされることが多く生きていくうえで勉強になります。
佐藤芳之さんの83歳にしての情熱や将来を見据えた生き方に感激しました。前回の対談よりパワーアップなさっている感じを受けました。

安藤誠さんとの対談、厚みのある記事でした。白樺が陰樹を育て、役目を終えたら自ら立ち去るという不思議な大自然界の法則に感銘を受けました。自然界をしっかり知り、今すぐやれること・やらなくてはいけないことをやり続けなくてはいけないと思いました。

雜賀慶二さんは佐藤さんのさらに上の88歳での現役社長ということにまず驚きながら拝読しました。儲かるためではなく今の社会・未来の社会に必要なものを作っている、まさに宇城先生がおっしゃている利他の心とつながると思いました。金芽米、注文しました!

工藤清敏さんの記事では、手作り塩の大事さ、ミネラルの重要性を学びました。
ありがとうございました。次号も楽しみです!

たくさんの学びと希望と活力をいただけました
宮城 医師 70代 男性


毎号私達に確かなメッセージとエネルギーをたくさん届けてくださる『道』、ありがとうございます。大好きな安藤さんと宇城先生の対談は本当に感銘をうけました。自然の多様性をしり調和共生するネイチャーガイド安藤さんの世界と先生の気の世界が響き合い融合して生み出された対談。たくさんの学びと希望と活力をいただけました、ありがとうございます。

ケニアナッツカンパニーの佐藤さんと精米技術を長年追求されてきた雑賀さん、お二人とも80代なのに今なお第一線で活躍されて青春まっただ中のような生き様には感動と驚きでした。

いつもながら安藤さんの雲海に飛翔するタンチョウ、日常の軌跡が私の心を震わせ感動させていただきました。感謝です!

心ありの人間としての学びを頂いていることに感謝
奈良 主婦 女性


今の日本は希望がない、パワーがない、やる気が湧いてこない、そんな環境、国、国民になってしまっているのだと改めて感じます。

ケニア・ナッツ・カンパニー創業者 佐藤芳之氏と宇城先生の巻頭対談から、どのような環境であれ実際やってこられた方々のエネルギー、内から湧き出てくるもの、今の日本に失われているものを教えて頂いているように思いました。
マサイ族のお話を聞いていると、日本人は心と体が離れてしまったかのように感じます。本来日本人は心から所作が生まれてくるような人であったと思います。それが「型」や日本文化に表れていると思います。しかし、心や日本文化、「型」を失ってしまっていては気も使えない、気も感じられない、素直でもない、危機感もない、となると本当に堕落していく一方であると思います。

そして安藤さんの白樺のお話。自然の美しさ、ぶれない強さ、を白樺のお話から感じます。白樺の生き方、これが本物の守るということではないだろうか。本来の人間の生き方でもあるのではないだろうか。宇城先生の「気づく、気づかせる」の連載にある「全体と部分」のお話に繋がるように思います。
「子どもにできて大人にできない」。大人は部分で見て判断してしまう、子どもは既に常に全体が見えているし感じとれている。子どもたちは何よりも対立、衝突がない心、体であるのだと強く思います。そこを大人もしっかりと学んでいかなければならないし、そこを大切に潰さないようにしていかないといけないと感じます。

今回の『道』から、子どもたちが希望を持って本来持っているエネルギーが出てくるような、生きる力を取り戻せるような環境をつくっていかなければならないと感じます。
そして『道』に登場される方々が包み隠さずこれまでのご自身の人生を語って下さること、大変有難く感じつつ、心ありの人間としての学びを頂いていることに感謝致します。

ものすごく力をもらいました
熊本 教員 40代 男性


佐藤さんと宇城先生の対談、ものすごく力をもらいました。そして自分自身何もしていない、しかしこれからやれることはいくらでもある、ということを感じました。

「こんな人がいるんだ!」という感動は、今日明日を生きる私たちにとって、
希望を与えてくれるものです

千葉 社会保険労務士 40代 男性


巻頭対談の2つはとても感銘を受けました。

世界中を相手に活躍する佐藤芳之さんと、北海道の自然を相手にする安藤誠さんと、
活躍するフィールドが全く違うのに、記事を読むと同じような感動を受けます。

どちらも人間との関わりを大事にして、「人間とは何か?」という深い問いを
包含しているからだと思います。

また、それは『道』に一貫されている思想だと思うのです。

読んでいて素晴らしいと思うのは、それが単なる思考実験ではなく、
すべて実践と実績という事実に裏打ちされた事実による実証であることです。

「こんな人がいるんだ!」という感動は、今日明日を生きる私たちにとって、
希望を与えてくれるものです。今回もまた『道』に元気をもらいました!

じっくり噛みしめられる、素晴らしく、有り難い季刊誌
東京 女性


毎号、ロングインタビューの読み応えは、かなりの満足感があります。
じっくり噛みしめられる、素晴らしく、有り難い季刊誌だと思っています。

季刊『道』からは、人として生きるための大きなエネルギーと希望を頂いております
福島 公務員 50代 男性


仕事を終えて家に帰ると、郵便受けに待ちに待っていた季刊『道』最新号が届いていて、小躍りしながら開封し、着替えもせずに寒い部屋で一気読みしてしまいました。読み進めるうちに、肌に触れる寒気も感じなくなるほど、実践者の方々のスケールの違う覚悟とエネルギーに溢れた生き様に心が震え、身体の内側から少し汗ばむほどの熱いエネルギーが湧き出て元気になりました。このエネルギーは、季刊『道』の紙面という媒体を通して、実践者の方々のエネルギーが別な空間にいる私に伝わっているのだと思います。紙面から得たものを知識ではなく、エネルギーという波動として自身に映し、今この時からの行動に繋げ、実践者の方々のように社会に対する生産性を高めていきたいと思いました。

佐藤芳之さんの「常に発展途上でい続けたい」「高齢者と言われていた年代が大活躍して新たなロールモデルになる」、宇城憲治先生の「定年とは死ぬとき」、安藤誠さんの「自然は己の役割を果たしたらその場から去って後から来たものに譲り渡す」「極まらないものを極めようとすることが美しい。それが尊いのだ。」という言葉には、漠然と希望を持っていた個人の安らかな老後という概念を完全に吹き飛ばしてくれました。
もう仕事の定年とか、自分の老後とか、そんなことは関係ない、人は死ぬまで自分自身と誰かの幸せのために、その生命を全うすることこそが、命が存在する理(ことわり)だと、命を燃やす意味だと思いました。しかし、競争や二元論などの断片化された自分一人の思いにしがみついて行動しても決して上手くいかないと思いました。実践者の方々のように広く、高く、深い視野を持って、過去にも未来にも通じる現在という一点で、楽しい、大好き、ワクワクするという明るい気持ちで、思い込みを捨て去り、ありのままを受け入れ、周囲との関りを広げながら行動をし続けることが大切だと感じました。

金澤泰子さんの「平和は翔子さんの心の中にあり、身の周り5メートル広がりの中にある。この5メートル以内の人が、また5メートルの平和を願い、繋げていくことが平和な地のの訪れになる。」という言葉には強く心を動かされました。手の届かない世界情勢や国内問題に無力感を感じる昨今ですが、我々が心の内に希望や平和を失い、絶望と不安に囚われれば、人々は分断され、社会全体の調和が失われます。今この時だからこそ、我々は心に希望というエネルギーを持ち、まず自分自身が幸せになり、その波動を身近な家族、友人、同僚たちに広げていくことが、平和の実践に繋がるのだと思いました。

季刊『道』からは、人として生きるための大きなエネルギーと希望を頂いております。本当にありがとうございます。
次号も楽しみにしております。

未来に対する希望も感じられ、本当に様々なエネルギーを頂く事ができました
静岡 農業 40代 男性


巻頭対談の佐藤さんは8年ぶりのご登場という事でしたが、変わらずどころか増々そのエネルギーがアップされている、と感じました。これも海外で常に青春、70代は爆発だ、と言われるような精力的な活動をされているからではと思いました。またそれには先進国では忘れられているような、人間が生きる上でのエネルギーをアフリカという地で感じられているからではと思いました。

「青春は50歳からと思えばいい」というお言葉も、今の超高齢化社会に入りつつある日本にとってはまさにそのような気持ちが必要なのではと思いました。

それも、佐藤さんのように「常に発展途上でいたい」というくらいの向上心、宇城先生の言われるような「ビジョン」を持たなければできない事だと思います。このお二人の対談はまさに今の日本にとって、また高齢化が進む世界の先進国にとっても必要な、大きな道しるべとなるような内容が網羅されている、これからの人生をどのように生きていけばいいのかを示唆してくれていると感じました。

安藤さんのお話では、白樺の自然という全体の中で自らの使命を全うし、潔く朽ち果てていくという事に、それが「自然」なんだと。周りを育て、環境を良くして、役目が終われば、去るがその行いは後世へと引き継がれていく。宇城先生も言われていますが、このような自然から、今の人類全体が学ばなければならない事だと。そのように思いました。

「やる気にさせることが教育」だと言われていますが、まさに宇城先生の言われるエデュケーション、やる気を引き出す、だと。今の教育は、そのやる気を削ぐ事の方がよっぽど多いと思います。だから何かしらのご褒美が必要になるのだと思います。点数だったり、それこそ「学歴」という社会の中で一定の効能のある肩書をもらう、といった事です。そしてこれも安藤さんの言われているように、そのような人たちが科学は万能だと思い込み、原発事故などを起こしてしまうのだと思いました。

自然には嘘が無い、という事は事実、真実しかない、という事であり、だからガイドでも「しゃべる必要がない」のだと。その自然界のそのままの姿を知識ではなく、感じてもらう。そのガイド法自体が参加者の「感性」を引き出す、という事になるのだと思います。断片化の最大の武器である言葉は、自然の前にはむしろ、害でしかないんだと。お二人の短いやり取りの中でも本当に深く々な気づきを頂く事ができます。

熊の鈴のお話で、集団下校に車が突っ込む痛ましい事件、この防止策が、もうすでにお話の中から生まれています。このような事を失わせるプロセスが今の日本人が育っていく過程にある。日本の偏差値教育に深みを見る事はできない。
まさにその通りでしかないと。本来ならば、というか今こそ、このようなお二人の中で展開されるお話を子供達や教育現場に取り入れるべきだと感じます。

岩井さんのお話は昨年、お亡くなりになられた近藤恒夫さんとの事で、文面から岩井さんが近藤さんとお会いした当時の空気、雰囲気が伝わってきて、岩井さんの凄味に満ちた人生が感じられ、一気に読み切ってしまいました。

お二人の会話が何というか深い味わいというか、人間として経験してきたその厚みというか、薬物の事でとてもシビアな話のはずなのですが、どこかお互いを良い距離感で見つめ合っているというか、うまく言葉にはできる事ではないのかもしれませんが、何かとても惹きつけられるものがありました。

今の世の中、大手メディア等でも本当に薄っぺらい、ただ知識で得た事を繋げただけの、人の心には全く響かない言葉や、文章が溢れかえっています。それこそ今の政治家の言葉など、聞くだけ無駄、真実も気概も、魂も何も無い。

岩井さんのお言葉、一言、一言は活きていて、そこにはエネルギーを感じます。
本来、人の上に立つべき人間は岩井さんのような言葉を発する事ができなければ、人の上に立つ資格などないのだと。人がそれを聞いて動くような言葉を発する事ができなければならないと。

この『道』に登場される方々は、岩井さんは無論、政治家のような言葉、文章とは真逆にあるものだと。そのように感じます。

「気づく、気づかせる」では学者の言葉で「私たちの破壊に行き着く他の側面があり、私たちはそれを調べてみなければならない」とありますが、これが心ある真の科学者としての在り方だと思います。何故ならば科学とは人の幸せの為にあるはずです。しかし今の科学は資本の我欲の奴隷となり果てており、データの改竄による事実の捻じ曲げ、真実を隠すための隠れ蓑、大衆を扇動する為のツール、の様相と化しています。これは原発事故やコロナ対応がまさにそうでした。人を全く幸せにしていません。なので科学とは呼べないと思います。

またその後にある科学者の言葉にあるように「全体の断片化が様々な危機の結果であり、全体に取り組もうとするとそれに圧倒されてしまう」とありますが、この「気づく、気づかせる」で宇城先生はその「全体化」に対して常に追求されております。人間の全体化は調和であり、断片化は対立であるという事。
という事は対立は部分であって、今の対立が未だにやめられない人類は部分である事が容易に理解できます。それでは国家間の争いは無くならないし、自然との調和を図る事の出来る文明も、その思想も、手段も生まれてこないと思います。

これも過去、今までの常識は部分体であったので、「未来という未知に対しての洞察力を持ち得ていない」と言われていますが、全体化=調和できていない現時点での人類はまさに当然、そうでしかないと思います。

このままではいずれにせよ人類は未知の気候変動や災害、パンデミックや、更なる人災などで衰退していくのだと思います。それは地球全体として、人類だけでなく、世界全てとして、自然と、地球自体との調和、全体化が出来ていないからだと思います。

また、人間、という地球上の命運を一応は、左右するとされている存在、が個としてまずは全体化、調和が出来なければ、今の状況は変わらないとも思います。そのような全体化された個人の身体から、全体化した思考のできる人間が生まれなければ、地球全ての全体化はできないと思います。

そしておそらく、地球の全体化は、ここの検証にあるように、自らを全体化して潜在能力を発揮して、未知の事に対して答えを持つ事の出来る子供たちが成し遂げてくれるのではと思います。ここに掲載されている空手の感想文を書いた子のように、我々大人のように断片化される前の純粋なうちに、その全体化の手段があることに気づいた子供達が、その感性、心を失わないように身体でその力を身に付けていってくれれば人類にも希望の光が観えてくるのではと。

子供の時に全体化(調和)を身に付ければ、それがその子にとっての「常識」となるからです。そうなれば、そのような子供たちのが増えれば、まさに人類にとっての新しい夜明けになるのではと。しかし、その際に最もその邪魔となるのが、断片化された、対立、部分体となった我々大人達と、その大人達が作った世界、常識、だと思います。

その子供たちの潜在能力を引き出す、には大人が今の自分達が築き上げてしまった負の遺産の部分、世界をしっかりと目をそらさずに、見つめ、受け止め、そして謙虚になって、変わらなければならないのだと。そして子供たちをそのように目覚めた大人が見守る事。それしかないと。そのように思いました。

大人は謙虚になって、未知の世界がある事を知る事、これもこうして言葉で書くと当然だと思うのですが、それが出来ていないのだと。それがまさに断片化なんだと思いました。

今回の『道』も自分のような断片化、部分体の大人が、気づかされ、謙虚にならざるを得ない、そして自然とそのような気持ちにさせられてしまうような内容ばかりで、それと同時に、未来に対する希望も感じられ、本当に様々なエネルギーを頂く事ができました。ありがとうございました。