読者の声| 季刊『道』 201号(2019年夏)  

人の見方ひとつで調和に結びつくことを教わりました  静岡 理学療法士 56歳 男性


今回も大変勉強になる内容にあふれていました。
特に、木村泰子先生のお話で、「暴れている子、怒っている子は何かに困っている人達と見ることが大事。何に困っているのかを解決すれば、落ち着く」。
この姿勢は、人間関係を築く上でとても大切だと感動しました。障害は対立です。人の見方ひとつで、調和に結びつくことを教わりました。

藤原さんの行動力と言葉に元気を頂きました  東京 会社員 男性


藤原ひろのぶさんの記事について
藤原さんの行動力とそこからにじみ出る言葉に元気を頂きました。
特に「本来「問題」に身近も遠いもない…」の部分には、自分が日ごろ見ているニュースに対して如何に他人事として受け止めているかハッとさせられました。
また、ふるさと納税の話で「返報性がないと動けない」ことが問題だというのも、全く同感で、自分も嘗てはその様に思える人間だった筈が、利益が出ないことはしないのが基本である企業に勤めている中で、そういう感覚が失われていったような気がしました。
会社員である前に一人の人間として「お前、大丈夫か?」と自問自答してしまいました。

自分よりも10歳も若い方がこのようにして人生経験では何倍も厚みをもって活躍されていると思うと、自分も負けていられないと元気が出ました。
さっそく、「買い物は投票なんだ」を買って読んでいます。

木村泰子さんの記事について
「おかしいことはおかしいと言える子を育てる」という見出しが心に響いて一気に読みました。
この記事もまた、藤原さんの記事同様に、自分が人間としてのまともな感覚、感受性をいろいろと失っている事を気づかせてくれました。

授業中に大声を出している子を「迷惑」だと切り捨てるのではなく、「困っている」から何かできないか?という、発想の転換に共感しました。
社会に出るとそう簡単ではありませんが、少なくとも学校ではそうあって欲しいと思いますし、今は大学生と高校生になった我が子たちにも伝えたいと思います。
私は嘗て中学生だったころ、授業が理解できずにつまらなそうにしている「不良」といわれるクラスメートに勉強を教えていた事がありました。
彼の理解したときの嬉しそうな表情が原動力だったこと、自分にもこのような一面があったことを思い出させてくれました。

ありがとうございました。

「身体」を土台にした人間の在り方についてお話
大変興味深く読ませていただいた
        三重 不動産業 20代 男性


汐見稔幸さんと宇城先生の巻頭対談は、さまざまな事例を引き合いに出しながら、「身体」を土台にした人間の在り方についてお話が展開され、大変興味深く読ませていただきました。

ウガンダの国や戦後の日本の赤ちゃんはおむつをしておらず、赤ちゃんがおしっこをもよおしたらお母さんが当たり前のようにそれを感じ取る、というお話は印象的でした。
自分と他者が別だ、と分けてしまうのは意識が作り出した世界で、本来はすべてが大きな一つの世界であることを感じるとともに、一瞬にしてバラバラの身体を一つにし、溶け合う状態にできる「気」は計り知れない存在だと思いました。

身体を置き去りにした「知性」や「理性」は人間の真の幸せにはつながらず、時空の中で生きている私たちにとっては「調和」できる身体になっていくことが、人間としてあるべき姿なのだと感じました。

藤原ひろのぶさんの記事は、大変エネルギッシュではつらつとしたエネルギーを感じました。行動によって気づきを得て、自らどんどん変化をしていくような人生を、自分自身も歩んでいきたいと感じます。
世の中のさまざまな問題は一面的でなく、悪の中にも善があり、決めつけや思い込みが必ずつきまとうので、実際に経験して知ること、そのうえで自ら何ができるかを考えることが大切なことだと思いました。

木村泰子さんの記事は、関西弁の大変明るい語り口で臨場感にあふれ、大人の都合ではなく「こどもたち」が主語となる教育に尽力していらっしゃる様子が紙面から伝わってきました。
言葉でそれらしいことを並べても、子どもたちはそこにある空気を吸って育っていくという内容が印象に残りました。

果たして自分は一人の人間として、胸を張って子どもたちに恥じない生き方ができているか。失敗はしてもいい、嘘をついたり、自分や他人をごまかすような不誠実はするな、というメッセージを頂戴した気がします。
今号もありがとうございます。

私たちに何ができるのか、何をすべきなのか   千葉 事務員 40代 男性


子育て真っ最中の身には、震えがくるような記事ばかりでした。教育とは何なのか考えさせられました。

先日、子供を有名私立中学校に行かせようとして、勉強の強要が行きすぎて子供を刺殺してしまった痛ましい事件がニュースで話題になっていました。受験とは誰のために、何のためなのか、悲しい気分で見ていました。

今回の『道』ではさらにその奥にある「教育の真髄とは何か?」という問いを突きつけられました。
知識を詰め込むことが教育ではないならば、何を子供に教えていかなければならないのか? この問いから逃げるのか、短絡的に答えを出すのか、答えのない問いに挑み続けるのか。喉元に真剣を突きつけられるような思いがしました。

その一方で、GOOD EARTHの藤原ひろのぶさんの記事からは、今自分がこの日本で子育てできていることに感謝を覚えました。
作家 曾野綾子も語る貧困の極地、これと同じものを垣間見させていただきました。

時給17円の生活や子供がわずかな米と玉ねぎだけの食事という世界の反対側に、私たちの安穏とした生活がある。そんな安全なところにいる私たちに何ができるのか、何をすべきなのか。

安全なところに生まれた僥倖に感謝し、まずは我が子への教育を追求する。
他方、生まれ落ちた座標が少し違うだけで最貧困の生活を強いられる人のために、わずかでも行動する。

「内を充実させつつ外に開け」そんなメッセージを受け取った本号でした。

他人を批判している間は弱者は守れないとのお言葉は
その通りと思います
                        大阪 50代 男性


大空小学校木村校長先生の記事を読んで、かつて教科書会社の営業で学校にお伺いした頃を思い出しました。
当時の大空小学校の音楽の先生と懇意にしており、夏休みの研修のご案内をしたところわざわざ木村校長先生も参加して下さいました。

その日の夜、懇親会まで参加して頂き、熱い思いを語って下さったのを今でも覚えています。その後の音楽発表会に毎年ご招待頂きました。

大阪市の教育界をよく知ってるだけに、木村校長先生のような活動は、お偉い先生方からは相当煙たがられたと容易に想像でき、それを跳ね返し活動されたことに敬意を表したいと思います。
他人を批判している間は弱者は守れないとのお言葉はその通りと思います。仕事柄、先生がお客様だけに自分が困難な状況に追い込まれたら何ができるだろうか? 毅然とした態度できちんと意見できるかと聞かれたら自信を持ってこうすると言える人間でありたいと思いました。

『道』は人生の指針であり、
行動のエネルギーを与えてくれます
  福島 公務員 男性


仕事から帰宅したら、季刊「道」最新号が届いていました。
そのまま着替えもせず、一気に読み切ってしまいました。
まさに、引き込まれるという言葉がぴったりな感覚でした。

誌面から伝わってくるエネルギーに仕事の疲れも忘れ、読み進めるうちにエネルギーが身体の中に満ちて行くのを感じました。

紹介されている多くの実践者の方々の行動や言葉が、知識としてバラバラに頭に入って来るのではなく、一点にリンクしたひとつのものとして境界なく身体に入ってくる感覚。これは、大空小学校の木村先生の「頭で覚えたことは出ていく。身体で吸ったものは貯まる。」といった事なのではないかと思いました。

汐見先生の巻頭対談でも、宇城先生の連載でも、知識ではなく、身体で分かる(学ぶ)ことが大切であり、人間は生まれながらにして善悪を知っているという記述がありましたが、正しき行いを成し、己も他人も幸せにすること、これこそが人の生きるべき道であること、そしてその道を成すためには、一人の知識や思いだけではなく、周囲を引き込む雰囲気と仲間が大切なのだと切に思いました。

信じられないような悲惨な事故や凄惨な事件、政治家の不祥事が頻発しておりますが、政府はその後追い処理だけで、その本質を追究することはしません。それどころか、老後2千万円問題など国民をバカにしたような政治バラエティーを繰り広げ、国民は政治に対する信頼や期待を完全に失い、選挙では投票率が50%を割り込むなど、民主主義は完全に機能していません。

この状況を変えるには、気付いたひとりひとりが、この今という時間に行動し、手をつなぐしかないと思います。
ひとりではないという心強さが互いを支え、その行動が更に周囲を変える。
周囲を変えることは世界を変えることに繋がると思います。
スローガンや組織方針でやらされるのではない、気づいた者が自ら行動する。
ただ流されて辿り着いた未来と、自ら行動して到達した未来は異なると思います。

その気付きを与え続けていただける『道』は人生の指針であり、行動のエネルギーを与えてくれます。
素晴らしいエネルギーに満ちた一冊をありがとうございました。本当に元気になりました。
また次号も楽しみにしております。

気は目に見えない、けれども確実に存在する人間の持つ「心」を
具体的に表す事ができる技術である
  静岡 農業 男性


巻頭対談の汐見さんのお話で、ウガンダのお母さんは自分の子供のトイレがする前に分かるという事、そしてその赤ちゃんのサインを受け止める能力のある人間を母親というのだという事。汐見さんが宇城先生の「気」に対し、興味を持たれていた事。

子供という人間の中でも自然に最も近い時に接するとやはり目に見えない力というものを感じるのだと思います。そしてこの力が日本は母親に限らず、誰もが低下しているのではと思いました。その目では見えない、心を捉える、感じる事ができない状態だと思いました。

藤原さんのお話では、「問題とは自分の目に見えているか、見えていないかで本質的には同じ」というお言葉に、全ての問題の根源は繋がっていて、それをそのバイタリティ溢れる行動により、感じ取り、実際に行動を起こしている藤原さんの鋭い洞察力が垣間見れました。

「意識」がどこに向いているか。この意識という目に見えない部分、ここが正に今の日本には無い、全く欠けている所だと思いました。
そして、「大人が事業で社会の問題を解決する土台をつくっていない」というお言葉。本当にその通りだと。過去の日本人の功績に乗っかり、その過去の遺産を食いつぶしている。そしてそれも最早無くなり、待ったなしの状況になっている現状。その現状が変わらないといけないと、自分もそのように感じ、大いに共感致しました。

そしてこの仕事で食べていける事を証明し、若い人の土台になろうとしている。
経済競争で誰かが金持ちになると誰かが奪われる、そうでない仕組みの上で幸せを追及しなければならない時代、の為に。
藤原さんのような、新しい時代の礎になる事。同年代の自分もそのような人間になりたいと、本当にそう思いました。

木村泰子さんの『みんなの学校』。昔の学校は今よりも人数が多くとも、障がいをもった子供も一緒だったはずです。それがいつの間にか大人が都合のいい理由をつけて差別をしていて、その空気が子供達にうつってしまっているという事。

まさに子供達は何を信じればいいのか。それを自らも失敗から、現場で子供達から謙虚に学ぶ事で、子供達から信頼され、信頼関係を築き、その「空気」を子供達が身に付けていく。そこには人の事を悪く言ったり、文句を言うような雰囲気、まさに空気が無い。そして学力、仰る所の「見えない学力」が「見える学力」をも上げていく。これが本当に今の日本の子供達に、必要な学校の姿ではないでしょうか。

お話からも、そして子供達と天を指さしている写真からも、本当に子供達が活き活きとして、とても良い雰囲気、空気で学び、育っているのだと。このような学校が今の日本に増えれば、未来は決して暗くはない、その希望の学校の姿だと思いました。

進学校の生徒は映画を見た後に学力が低い、とほとんどが思っていた事。彼らはまさにそのような空気にいたからだと。しかしその空気を作った先生たちもそれを望んでいる訳ではない、なのにそのようになってしまっている。それを変化させていくには文句ではなく意見。そして子供の事実から大人が学ぶ事。子供達の現状に真摯に大人が向き合う事。それがこの現状を変えていく方法なのだと思いました。

ハニーさんのミツバチマーク、お話を読んでいて自分もこのマークを使いたい、そう思ってしまうようなハニーさんの説明。聞いていて楽しくなる、まさにJOY!の言葉通りになってしまいました。これもハニーさんご自身も楽しんで活動していこうと思われている、それが伝わってくるのだと思いました。

そして『気づく、気づかせる』ではまさに汐見さんや木村さんのお話を読んできて自分が感じている事、「これまでの教育システムが押し付けでそこに個性を引き出す、人間として思いやりのある心を育てる、が完全に抜け落ちていた」というお言葉が、まさに今回の号を読んできて最後にズバリと言葉にして頂いたと感じました。

そして「トップ、リーダーは本来、気により相手を包み、引っ張り上げる程のエネルギーを有しなければならない」というお言葉で今号のみんなの学校の木村さんがまさにそのような存在なのかなと思いました。

命を頂いた以上、全ての人間は幸せにならなければならない、そこに今の科学や宗教、哲学、医学が向かっているのか。まさに。まさに。これらのものがむしろ争い、や混乱、そして悲劇さえも招いている現状もあると思います。

「『気』は技術である」。「目に見えない事象を目に見える形にできる」まさにその通りだと。
気は目に見えない、けれども確実に存在する人間の持つ「心」を具体的に表す事ができる技術であると。

この日本人が生み出した概念、技術はこの世界、そして人間個々を革新的に変える可能性を秘めていると今号を読み、改めて思い、そして無限の可能性のようなものを感じる事ができました。

もっと謙虚に精進しないと  福島 歯科医師 男性


201号の裏表紙、「安藤誠 日常の奇跡」を読ませていただきました。
「多重露光」という手法での作品と知り、こういったものがあることを知りました。
なかなかいいものですネ。
こういった物語性のあるストーリーを作るのは大変かと思いますが、
面白いというだけでなく、その御苦労を知ると感動してしまいます。
運が良いというより、やはり奇跡を感じます。