斉藤守弘著『新装版 武産合気道』第一巻、第二巻 amazonで紙本発売

電子版のみとなっていた斉藤守弘先生による技術書、『新装版 武産合気道』第一巻、第二巻が、アマゾンでペーパーバック(紙本)で注文できるようになりました。
稽古に、研究に、ご活用いただけたら幸いです。

以下の表紙をクリックすると、アマゾンのページにジャンプします。


≪特別限定販売≫ [史料] 佐川幸義先生・合気写真集 〈予約受付開始〉

【完売いたしました】 再版予定もありません。ご了承ください。

 

≪特別限定販売≫ 予約受付開始

[史料] 佐川幸義先生・合気写真集 

 

佐川幸義氏に身近に接してきた門人が、それぞれ撮影してきた佐川氏の技写真をていねいに吟味し、収めた。

佐川氏が武田惣角に就く機会をつくった父・佐川子之吉氏がのこした惣角の稽古記録や、佐川氏が代理教授を許された書面、さらに惣角・佐川氏が掲載された当時の新聞記事など、史料も豊富に収録。
佐川氏が使用した武器なども掲載されている。

技の写真は年代別に整理され、その時のエピソードや、受けをとった弟子の感想などが付されている。

武術ファン、武術研究者、必携の1冊。

文責は、大東流合気佐門会理事長で、佐川氏を世に出した『透明な力』(講談社)や、佐川氏の直弟子としての合気の日々をつづった『合気修得への道』(どう出版)の著者である木村達雄氏(筑波大学名誉教授 理学博士)。


限定500部 2022年7月中旬発売
(なくなり次第、販売終了です)

A4判 上製(布張り・函入り)
144頁(フルカラー)
定価 8,800円(税込・送料無料)


[詳細内容・予約申込]

佐川幸義先生・合気写真集 佐川幸義先生・合気写真集

佐川幸義先生・合気写真集

選べる ≪合気道開祖ポスタープレゼントキャンペーン≫ 2022年5月末日まで

税込10,000円以上のご購入につき
選べる ≪ポスタープレゼントキャンペーン≫

どう出版発行の書籍・DVDを税込10,000円以上お買い上げの方に、以下のポスターをいずれか1枚プレゼントいたします。2022年5月末日まで。

植芝盛平・系図ポスター(A)植芝盛平( A3判)

(B)植芝盛平 直弟子一覧(A3判)

ご注文の際に、希望ポスターをお知らせください。
(オンラインショップは通信欄にお書きください)

 

《キャンペーンのご注文》
○ どう出版オンラインショップ 
○ 電話 042-748-2423(平日 9:00~17:30)
○ ファックス 042-748-2421(24時間)

●対象商品リスト

<お得なセット商品>

DVD『植芝盛平と合気道』 全6巻 39,600円 ⇒ 33,660円

DVD『西尾昭二の合気道』 全4巻 26,400円 ⇒ 22,440 円

<合気道関連DVD>

<合気道関連 書籍>

<宇城憲治DVD>

<宇城憲治 書籍>

<季刊『道』から生まれた本>

 


どう出版の合気道資料について

どう出版の前身は、合気道を専門誌とした『合気ニュース』を発刊する合気ニュースという会社でした。

この合気ニュースを1974年にアメリカで立ち上げたスタンレー・プラニンは、1977年に日本に移住し、1996年までアメリカに帰国するまで、合気道開祖植芝盛平を研究し、その足跡を詳細に追い求め続けました。

『植芝盛平と合気道』DVDの第1巻に収録されている開祖51歳の時の、大阪の朝日新聞で撮影された演武映像は、プラニンが、その情報をつきとめて、自ら朝日新聞の資料部まで乗り込んでいって発見した資料映像です。

そのほかにも、アメリカのテレビ局が撮った昭和33年のドキュメンタリー映像(第3巻)をはじめ、戦前、戦後、来日していたアメリカ人が、開祖に出会って当時日本ではめずらしかったフィルム映像カメラで撮られた映像が、誰にも見られずにアメリカで眠っていたものを、プラニンが交渉に交渉を重ねて世に出したというものも少なくありません。

まさにプラニンの執念の研究が、様々な本やDVDに残されています。

『西尾昭二の合気道』全4巻 オンライン販売開始しました

合気道修行者に親しまれてきた、
西尾昭二師範による技の演武・解説『西尾昭二の合気道』が、
オンラインでお求めいただけるようになりました。

合気道開祖・植芝盛平が語った、

「合気道は日本の武道を正す、
そのために生まれてきた武道である」

「合気道の徒手は、そのまま剣を持てば剣、
 杖を持てば杖、
 あらゆる武道再現が可能である」

その言葉を実現させ世に伝えようと
西尾師範が残された、合気道の集大成です。

 

西尾昭二の合気道1 西尾昭二の合気道2 西尾昭二の合気道3 西尾昭二の合気道4


全4巻、各巻4,000円
◆購入・視聴方法はこちらをご覧ください。
https://www.dou-shuppan.com/online_m/nisd/

◆内容紹介ビデオクリップ
第1巻〈逆半身片手取り/相半身片手取り〉
https://youtu.be/TkVgqWLXn1c
第2巻〈正面打ち〉
https://youtu.be/2FOHr0Q1V7k
第3巻〈横面打ち/両手取り・袖取り/肩取り面打ち〉
https://youtu.be/BPj_CBfpNVc
第4巻〈合気道刀法居合〉
https://youtu.be/e0_cVUj3kzc


DVD版『西尾昭二の合気道』もあります。
全4巻セットでお得になっています。
https://www.dou-shop.com/SHOP/set-nisd.html

西尾昭二著 電子版技術書『許す武道 合気道』
https://www.dou-shuppan.com/ebook/#yurusu

剣道家が語る 植芝盛平 『人間をつくる 武の道、武の心』より

武の道、武の心剣道、弓道、なぎなたを代表する武道家16名へのインタビュー集
電子書籍『人間をつくる 武の道、武の心』には、合気道開祖・植芝盛平翁を語る方々も少なくありません。


たとえば、剣道範士の中村鶴治先生のお父様である中村彦太氏は、合気道開祖植芝盛平先生と兄弟のように親しかったといいます。

満州建国と同時に現地に道場をつくって剣道を教えた彦太氏は、同じく満州に指導に来ていた盛平翁と意気投合し、以来、ともに明治16年生まれの同い年ということもあり、たいへん親しいつきあいが始まったとのことでした。

そのお父様に連れられて、盛平翁が住む岩間へ行ったお話なども語ってくださっています。


また、同じく剣道範士の石原忠美先生は、お若い頃に、合気道開祖である植芝盛平先生の見事な合気を見て感銘を受けたお話をされています。

力自慢の4、5人が盛平翁にかかっていってもまたたくまに投げられたことが頭に残っていて、その後の石原先生の剣道においても、「相手の力を利用する」といったところなど、盛平翁の技を見て影響を受けた話をされています。


もう一人の剣道範士 児嶋 克先生は、一時、植芝盛平先生の養子婿となった中倉先生のお話を紹介されています。

当時、有信館(中山博道主宰)の三羽烏と呼ばれた、羽賀準一、中倉清、中島五郎蔵の三人が植芝先生に飛びかかっていっても、とたんに投げられたが、なぜ投げられたか分からなかったと。

そのお話から、最後は剣道も竹刀が動くのは脱力と指なんだと気づかれた話。
「剣を緊張して握るから駄目なんです。握るのではなく落ちない程度に支える、すると瞬発力が出る。それが手の内です」と語っておられます。


『人間をつくる 武の道、武の心』は
電子書籍です。
Kindle、Koboなど電子ブックストアで
定価2,200円(本体 2,000円)で販売しています。

以下が詳細内容です。
https://www.dou-shuppan.com/ebook/bunomichi/

 

「後世に残す」プラニンの信念 ~ DVD『植芝盛平と合気道』第3巻

これまで、DVD『植芝盛平と合気道』第1巻、第2巻について書きましたが、今回は第3巻について。

この第3巻には、1958年にアメリカのテレビ局が、東京の本部道場で植芝盛平開祖を取材した時の記録映像です。

1958年といえば、東京タワー開局の年なのですが、映画では、米国取材班が東京タワー開局の取材に行く途中で、たまたま盛平翁のことを書いた本を見つけ、大変興味をもったので、急遽本部道場へ取材することになった・・・というストーリーになっています。

当時開祖は74歳、開祖のダイナミックな体術、剣、杖の演武などの映像が記録されています。また、翁へのインタビューの様子も収録されています。

番組では、取材班が、特別に入門を許してもらい、稽古の様子を見学し、また合気道技を実際に体験するという形で撮影が進みます。

この体験の相手をしたのが、当時本部道場長だった、藤平光一氏。
レスリングをたしなむ取材班の一人と対戦しています。

映像のもとは16ミリフィルムなので、高画質映像です。
日本語字幕をつけています。

取材班が来た時に、別角度から撮った8ミリ映像も見つかっているのでそれも一緒に収録しています。

この映画自体は、TV取材班の関係者の家に保管され眠っていたものをプラニンが探し当てました。
まさにプラニン執念の記録資料です。

余談ですが、
番組では、開祖の本を新聞販売スタンドでたまたま見つけて・・・ということになっているのですが、開祖の本が新聞スタンドにあるとは考えにくいですね。
テレビの番組名が「Rendeozvous with adventure(冒険との邂逅・出会い)」というこなので、そういう脚本にしたのだろうと思います。

また、映画では1958年の東京の様子がふんだんに写されていて、それはそれで大変興味深いものがあります。
なつかしくご覧になられる方も多いのではないでしょうか。

取材班が、マスクをしている歩行者を見つけて、日本人の習慣をとても珍しがっているシーンがあるのですが、世界の誰もがマスクをする時代となった今日の状況は、当時、想像すらできないことだったのではないでしょうか。

 

[『植芝盛平と合気道』第3巻 紹介動画]

[『植芝盛平と合気道』全6巻 」

 

 

 

武術空手 宇城憲治氏との出会い その2

プラニンは、『合気ニュース』時代、たくさんの合気道イベントを企画しました。

日本では、植芝盛平翁の直弟子を一堂に集めた『友好演武会』を4回にわたって開催。
海外でも合気道の大規模イベント「AIKI EXPO」を3度にわたって行ないました。

合気道の異なる流儀・会派からはもとより、合気道に関連した武道、あるいは合気道に必要だと判断した武術・武道の指導者を集めてセミナースタイルで指導してもらうというイベントでした。
 
組織を尊重する日本人には、このような発想のイベント開催はなかなか難しいところがありますが、プラニンには、盛平翁のことであればでも知りたい、合気道のためになることであればどんなことでも知りたい、話を聞きたいという姿勢が常にありました。

それがどんなに合気道にとって辛辣な内容であろうと、プラニンのきちんと話を聞く姿勢に変わりはありませんでした。

だからこそ、プラニンは、どんな組織のトップにも受け入れられ、話を聞くことができたのであろうと思います。
今更ながら、プラニンの器の広さを思います。

そのプラニンが、宇城憲治氏のことについて語った忘れられない言葉があります。
それは、

「私はこれまで取材だけでなく、多くの日本の男性、とくにビジネスマンに会ってきたけれども、正直、みんなどこか少し上から目線というか横柄な感じがあった。
 しかし、宇城先生ほど、私の話にきちんと耳を傾け謙虚に聞いてくれた人はいなかった」

というものでした。

たしか、宇城氏の本の出版記念イベントの翌日のことだったと思いますが、宇城氏がプラニンのユニークなものの考え方に大変興味をもたれ、わざわざ時間をとってプラニンの話を聞きに来てくださったことがありました。

特別に借りた会議室に二人で向き合い、宇城氏がペンとノートを持ってプラニンの話に聞き入っていた光景が思い出されます。

今回、どう出版で発刊する宇城氏の空手書
『空手談義 型は美しく技は心で ― 座波仁吉・宇城憲治 ― 座談録』
では、プラニンが、座波・宇城両氏に直接インタビューしています。
(1993年~2000年の3回にわたり)

座波先生・宇城先生 座談会左からプラニン、宇城氏、座波氏

 

琉球手の歴史とその流れについてはもとより、合気道に通じる投げ技について、武道がどうあるべきか、師弟間についてなど、プラニンならではの視点から様々な質問をしています。

日本人ではしないような質問もたくさんあって、そこから引き出された内容も大変貴重です。

宇城氏は本書の「あとがき」で、

「……座波先生は武道研究家であったスタンレー・プラニン氏の客観的で鋭い問いかけに、噛み砕くように答えられていたのですが、先生を見るスタンレー氏のまなざしが信頼と尊敬に変わっていった姿に、流儀・流派、国境を越えて、まさに他尊自信を見た感じがしました」

と述べておられ、
宇城氏自身、プラニンに対し大変な信頼を寄せてくださっていたことがわかります。

流儀・会派にかかわらず、真の武術を求める方々には必ず大きな学びとなる2冊です。

是非ご一読ください。


現在予約受付中です。6月末発売。

 
『武術の実践哲学 宇城空手』
   A5判上製 284頁  定価(本体2,800円+税)
『空手談義 型は美しく技は心で ― 座波仁吉・宇城憲治 ― 座談録』
  A5判上製 口絵16頁/本文182頁  定価(本体2,200円+税)

武術空手 宇城憲治氏との出会い その1

 どう出版のサイトの下のほうにある「どう出版の歩み」をお読みになったことがありますでしょうか。

 そこにあるように、私たちの前身は、合気道の専門誌『合気ニュース』を発刊する出版社兼研究機関でした。

 ユニークだったのは、その研究機関の創設者がアメリカ人(スタンレー・プラニン)であったこと、また専門誌が日英対訳版で出されていたこと、さらに出版活動だけでなく、合気道や開祖の直弟子に関するイベントを、日本国内のみでなく海外でも数多く開催していたということです。
 
 プラニンはとにかく、好奇心旺盛で、フットワークも軽く、「これ!」と思ったら、迷わず行動に移す人でした。

 盛平開祖のことを何でも知りたいと思っていたプラニンは、開祖の弟子、あるいは深くかかわった方がいると聞くと、すぐに飛んでいって話を聞いていました。
 
 プラニンはまた合気道に関する様々な課題についても、自身の考えを『合気ニュース』誌上で「論説」という形で発信することも度たびでした。
 
 とくにプラニンが合気道の「課題」の一つとして挙げていたのが、合気道稽古における「攻撃」の甘さ、そこから生まれる「なれあいの稽古」でした。

 演武では、受けと取りに暗黙の了解のようなものがあって、実際に技がきかなくても受け身を取るという「きまり」がある、と常々プラニンはそのあり方や稽古法に疑問を呈していました。
 
 そんなある日、プラニンは、そうした稽古の解決法を考えるきっかけとなる人物と出会います。それが武術空手家 宇城憲治氏でした。

 さっそく宇城氏在住の大阪に飛んでいって、宇城氏の話を聞き、技を直接体験したプラニンは、その圧倒的な武術のレベルの高さとともに、空手の究極を「敵をつくらない」とする、合気道にまさに共通するその理念に、いたく感激します。

 以下は宇城氏に初めて取材した時のプラニンの手記です。
(季刊『合気ニュース』94号掲載 1992年8月取材)

 

   合気道家が見る空手 ―― 取材を終えて
                                                                         スタンレー・プラニン 

 宇城氏のようなトップレベルの空手家の前に立つと、私のような合気道家はただただ目を見張り、謙虚な気持ちになる。まず、驚いたのは宇城氏の突きと蹴りのものすごい速さだ。卓越した空手家と立ち合うのは、テレビで空手競技やボクシングの試合を見るのとはわけがちがう。

 宇城氏と同レベルの速さとタイミングを持つ攻撃に、まともに反撃するのは不可能だ。つまり、攻撃の始まりから終わりまで、こちら側がそれと認識できる時間的、物理的余裕を全く与えないのである。これに対する唯一の方法は、相手の攻撃の起こりを充分予測して、自分のほうから先に動く、ということだろう。しかし合気道開祖・植芝盛平翁がよくお話しになり、演武などで見せたこのような神技的次元の“勘”というものは、たいていの合気道家にはまだまだ達し得ないレベルなのである。

 合気道家がこうしたスピードを持つ攻撃に、実際に対処し得るかどうかという論議はさておき、ここではっきりわかっていることは、こうした空手稽古などに比べて、現在の合気道稽古がかなりスローペースに行なわれる傾向にあり、この現状を考えると、合気道家がまともに太刀打ちできるとは考えられないということだ。トップクラスの空手家やボクサーが仕掛けるようなパワフルで素早い攻撃に、普段のんびりと稽古を行なっている者が、どうして突然対処できるようになろうか。

 現実的に言えば、実戦での合気道の効用性に対する私たちの期待度を縮小せざるを得ないのではないか。でなければ、そうした速い、パワフルな攻撃に対する稽古を今後取り入れていくなど、稽古方法を考えていかなくてはならないだろう。(もちろん安全性ということもこれまで通り忘れてはならないが)

 合気道家がそのような方法で稽古をしていくには、まず、今は全くお粗末ともいえる攻撃方法を基本から学ぶことが必要となるであろう。とすると、合気道稽古に基本的な蹴りや突きの練習を組み込むということになる。空手やボクシングのような格闘技を合気道稽古に取り入れること自体、おそらく意見の分かれるところであろうし、多くの反対もあろう。しかし、他にどんな良い方法があるだろうか。合気道稽古における弱弱しい非現実的な攻撃が合気道の一番の弱点であるし、それがまた批判の最たる原因となっているのであるのだから。

 周知のごとく、現在行なわれている合気道稽古は、いわゆる“紳士協定”に基づくものである。このためわれわれは比較的単純でゆっくりとした攻撃を仕掛けるし、辛抱強く技がかかるのを待って投げられたりもする。こうした方法は確かに初心者に対してや、また安全のためには必要なことだろう。がしかし、上級の者はもっとレベルの高い攻撃や不意の攻撃などに対する練習を積むようにして、常に向上をめざすべきである。

 

 プラニンは、この宇城氏との出会い以降、合気道専門誌『合気ニュース』に、宇城氏の武術論を連載することを決意します。その連載の内容がのちに宇城氏の空手書『武道の原点』『武術空手の知と実践』『武術空手への道』を生み出す土台となっていきました。

 この度、どう出版で発刊する宇城氏の空手書2冊

 『武術の実践哲学 宇城空手』
 『空手談義 座波仁吉・宇城憲治 座談録』は、

上記の本を一つにまとめ、宇城氏によるさらなる追加・推敲を加えた宇城空手の決定版です。
 武道の流儀、会派にかかわらず、真の武術を求める方々には必ず大きな学びとなることでしょう。
  
 現在予約受付中、6月末発売です。
 
『武術の実践哲学 宇城空手』
   A5判上製 284頁  定価(本体2,800円+税)
『空手談義 型は美しく技は心で ― 座波仁吉・宇城憲治 ― 座談録』
  A5判上製 口絵16頁/本文182頁  定価(本体2,200円+税)

合気道開祖の甥、親英体道道主 井上鑑昭の世界

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、どう出版が発刊している季刊誌『道』(どう)の前身は、合気道や大東流の専門誌『合気ニュース』でした。

『合気ニュース』では、植芝盛平翁や、武田惣角翁に学んだ様々な直弟子の方々に長年会見取材してきており、その歴史財産は、

会見集『植芝盛平と合気道』全2巻

会見集『武田惣角と大東流合気柔術』

という会見集にして皆様に提供してきました。

しかし、紙本の再販を続けることは非常に難しく、現在は電子版に移行しつつあります。
 
これらは、盛平や惣角を直に知る弟子の方の証言集です。
ぜひ、まだお読みでなければ、この機会にお読みください!
 
また、どう出版では、『合気ニュース』時代に掲載されていた様々な記事を「読みたい」というリクエストをいただいており、ウェブ上でお読みいただけるサービス(ウェブサービス「note」を利用)を展開しています。

無料のもの、有料のもの(100円から200円)、様々な記事をすでにたくさんアップしていますので、ぜひのぞいてみてください。
noteへの登録は無料です。
[ noteで読む『合気ニュース』 記事一覧 ]

今回noteに公開したのは、植芝盛平翁の甥で、親英体道の創始者である、井上鑑昭先生についての記事(2001年5月に取材)です。

鑑昭先生の弟子で新英体道代表(当時)の油井靖憲氏が、在りし日の鑑昭先生をしのびながら、その武道観や、大本教の出口王仁三郎に師事して、確立した「親和学」について語っています。鑑昭氏の講義録もたくさん抜粋引用しています。

note「親英体道道主 井上鑑昭の世界」


どう出版では、鑑昭氏の歴史的に貴重な映像をまとめたDVDも制作しています。

このDVDでは、秘蔵されていた貴重フィルムより、昭和47年から51年までの鑑昭先生69歳~70歳代の演武映像の数々を紹介しています。

DVD『雷撃電飛の技 井上鑑昭 ― 合気武道から親英体道へ』

noteの本記事を読み、師の演ずる技の一つひとつが平法学、大本教、親和学に由来することを理解していただければ、師の演武がいっそう味わい深いものになると思います。

 

 

DVD『植芝盛平と合気道』第2巻 「後世に残す」プラニンの信念

前回、DVD『植芝盛平と合気道』第1巻について書きましたが、第2巻にもいろいろなプラニンの思い入れが編集につまっています。

この第2巻には、1952年~1958年までの、盛平翁が70歳代の時の演武記録がまとめてあるのですが、歴史的に貴重だと思うのは、その後指導者として合気道界で大活躍した師範方が、盛平翁の受けをとり、道場や演武場であちらこちらに投げ飛ばされている様子が収められているという点です。

1952年の演武では、植芝吉祥丸、藤平光一、斎藤守弘、田中万川、阿部正といった高弟方を相手に、体術と太刀取りの演武を披露しています。
この映像は、このあとに藤平光一氏がハワイに合気道の指導に初めて行くことになり、そのための資料映像を撮影する必要があって、撮られたものだとプラニンから聞いています。プラニンが、どうやってこの映像を手に入れたのかはわかりませんが、貴重な資料映像を発掘したのだなと改めて思います。

また、1955年の大阪合気会の田中万川先生の道場で撮影された盛平翁の映像では、盛平翁が稽古前の準備運動を弟子たちと一緒にやっているところも記録されています。

プラニンは、合気道の稽古において怪我が頻繁に起こっている状況をとても憂いていて、盛平翁がきちんと準備運動をしているこの映像に出合った時は感動したと言っていました。
「ほら、開祖だってちゃんと準備運動していたよ!」というところだったのでしょうか。ふつうだったら、記録に残さないような部分かもしれませんが、こういう映像が残されているのも、プラニンならではではないかなと思います。

1957年~1958年において、防衛庁屋上で撮影された映像も非常にめずらしいものです。
57年の映像では合気会の多田宏先生、フランスで活躍されていた田村信喜先生が受けを取っておられます。わかりにくいのですが、当時白帯だった佐々木の将人先生も映っています。

58年の、同じく防衛庁屋上での演武は、米軍のMPを相手に演武をしているというもので、盛平翁がMPの軍人さんに囲まれて、彼らを次から次に投げていく様子が上方のカメラがとらえていました。わざわざ上から撮っているので、おそらく米軍が撮影し、アメリカに持ち帰られた映像をプラニンが発掘したのだと思います。

同じく58年に撮られた映像では合気会本部道場での盛平翁の稽古の様子です。
そして、その一番最後に収録されているのが、剣道家 羽賀準一先生による居合演武です。

羽賀先生は、剣豪・中山博道の高弟の一人であり、有信館三羽烏の一人として知られている高名な剣道家ですが、当時盛平翁と親しく交流があったそうです。羽賀準一先生のことは、当時を語る直弟子たちの会見集『植芝盛平と合気道』にもよく登場しています。

羽賀準一先生の実弟の羽賀忠利先生に取材した際にお聞きしたのですが、お兄さんの準一先生は、よく盛平翁のところに遊びに行っていたそうですが、「いやあ、植芝先生は神さんだよ」と言っておられたそうです。[季刊『道』151号]
 
合気道の記録作品にこうして居合の羽賀先生の演武映像をも残すというのは、
「貴重な資料はすべて後世に残していく」という強い信念を持っていた、これもプラニンならではの決断だったと思います。

この時にこのDVDに収録する決断をしなければ、たぶん、どこかの記録資料に紛れて、公開されることはなかったと思います。