2022年 東京・B 第1回(2022.2.22)

生かされている」というこの原点に返って、一日一日を大切に過ごしたい

東京 環境NPOの理事長 60歳 男性 HT

「生きている」とは横着な状態であり、本来の人間(に限らずあらゆる生命体を含めて)は、「生かされている」のであり、それは謙虚・感謝の状態であるという、生きていく上での本質的な大命題を教えて頂きました。

そして、「生きる」とは心臓やその他の臓器が動いている状態であり、「生きる」ことと「死ぬ」こととの違いを説かれました。

こうしたご講義を聞かせて頂き、考えたのが自殺者のことです。日本は自殺大国であり、一時期は10年連続で年間自殺者が3万人を越えており、いったん減少に転じたものの、今は2万1千人程度で高どまってしまい、特に若年層や女性の自殺者が増えているそうです。

自死を選んでしまうには様々な理由があるのでしょうが、自分が「生かされている」ことに気付いたならば、真っ先に感謝の気持ち、ありがたいという気持ちが湧いてきて、簡単に自殺には到らないと思うのです。

自殺は極端な例ですが、生きているのが当たり前というのは、やはり傲慢な人生態度なのだと思います。私自身も今一度「生かされている」というこの原点に返って、一日一日を大切に過ごしたいと改めて思いました。

様々な実技の中で、今回最も印象に残ったのは、4人が木刀で真ん中に枡を作り、一人がその枡の中に首を突っ込むという、いわばギロチンのような、常識的にはとても危険な実技でした。

参加する人は相当怖いと思うのですが、1,2,3の掛け声で枡が小さくなり、首に木刀が衝突する直前に、先生が気を送って、木刀の動きをコントロールしてしまうという、普通では考えられない技です。

先生は、この時「信頼」という言葉を口にされました。正に参加する人は、勇気というよりは、先生への厚い信頼があればこそ、この実技が成立するのだと思いました。

そして自分自身は、普段他者との間に、どれほどの信頼関係が構築出来ているだろうかと自問致しました。

既に記したことの繰り返しになってしまいますが、朝起きた時、夜寝る前、「自分は大いなるものに生かされているのだ」という気持ちを新たにして、日々を大事に送っていきたいと強く思いました。

先生の仰っていた「至誠」という言葉の意味に大変感動いたしました

東京 会社員 40歳 男性 KS

講義の中で「個と全体のつながり」という逆三角形の図を用いてお話いただきました。4段階に分かれており、下から生命の基、個人のつながり、人とのつながり、地球生命のつながり。先生のお話を聞きあらためてすべて先生のご指導の中にあるものだと確信しました。生命の基では気の指導により細胞が活性化すること、個人のつながりは統一体により本来の人間の力が出てくること。人とのつながりは人と人の間、人間を変えることにより調和の力が出て空気が変わること、そして地球生命のつながりは五次元の世界を体感させていただくことで地球とつながり身体が重くなりとんでもないエネルギーが出てくる。先生はどこまでも深く真理を悟られており、その上で我々のレベルに合った内容を様々な角度から気づきに繋がるようにご指導くださり続けています。しかも20年以上前から何度も何度も。

今回のウェッジ2月号は手に取り一読していましたが、毛利さんの記事に目が留まることなく通り過ぎていたことを考えると先生の物の見方、考え方がまだまだ自分自身に浸透していない証だと感じました。理解度が乏しく反省ばかりの日々ですが、気合いを入れ直し真摯に先生のご指導を実践して参ります。

先生から「手品みたいなものはみんな喜ぶが本質はもっともっと深いところにある」というお言葉もいただきました。はっと気づかされるお言葉でした。思考の浅さが原因であり、先生のどこまでも深い思考に魅了されるばかりです。同時に少しでも先生の心を自身に映したいという気持ちをもっと全面に出し行動していくべきだとも感じました。

また先生の仰っていた「至誠」という言葉の意味に大変感動いたしました。先生ほどの方でもまだ誠の境地にたどり着いていないとのこと。どこまでも広く深い先生の心に愛情と希望を強く感じています。

厳しくもどこまでも大きな愛情で常にご指導くださりありがとうございます。
引き続きご指導のほど宜しくお願い申し上げます。

先生の人格に直接触れることで、器の大きな人間とはどういうものなのかを感じさせてくれます

神奈川 会社役員 54歳 男性 YO

特に国際情勢に関するお話は興味深く拝聴させていただきました。国と国との間の事とはいえ、各国首脳の肚の据わり方によっていかに国際情勢が動くのか。そして一人のリーダーの器がその国の運命を左右してしまうのだと思うと、人間の器とはいかに大事なものなのかと痛感させられる思いでした。

先生はいつもその肚の据わらせ方を教えてくださいます。教えられてすぐに自分でできるようになるわけではありませんが、少なくとも先生の人格に直接触れることで、器の大きな人間とはどういうものなのかを感じさせてくれます。そしてその感じるという体験が自分の中での気付きにつながり、今自分はどう行動すべきか、いつもその道を指し示してくれるのです。

この事は大きい。今までの小さな自分では思い至らなかった次元にたどり着けるようになるのです。その時だけは何か自分という人間の器が少し大きくなったような気がいたします。

出来の悪い自分に、時に自分でも嫌になる事がありますが、人間生きている以上は生涯勉強です。引き続き道塾の末席にお加えいただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。