2021年 大阪・B 第2回(2021.4.7)

まずは周りの人間から助けることが出来るよう準備していきたい

兵庫 会社員 62歳 男性 YK

今回も、潜在意識の大切さを教わりました。
実技で「出来たと思った瞬間に気が切れて2回目は出来なくなる。これは、頭で意識してしまうからです。」と先生が仰った時、私は顕在意識の間違った使い方をずっと教わってきたことに気付きました。スポーツにせよ芸事にせよ、何か動作する場合に、習った通りに意識して自分の身体を動かすように教わります。しかし、そのようなやり方では決してうまくいかない事も経験しています。

顕在意識は傍観者として成り行きを眺める役割で、95%の比を占める潜在意識の邪魔をしない事が正しい使い方だと道塾を通じて知りました。これは仏教で言う、三昧の状態と通ずると思います。
また、潜在意識は心に繋がり、姿勢や呼吸とも繋がっているため、潜在意識を正しく育てるには、常に姿勢を正し、呼吸を整え、礼節を重んじ、思いやりのある行動をすることが大切であると思います。

先の事が見えるから、今、手を打つことが出来る。私自身は、どちらかと言うと心配性なくらい、「このまま行くと大変な事になるな」と周りの人に比べて、悪い結果を先行して読めてしまう人間であると思っています。ただ、そのために現在為すべき事への覚悟や実行力が不足しているので、役に立てていません。日本を見ても世界を見ても、大変な変動時期に入っていることは確実なので、まずは周りの人間から助けることが出来るよう準備していきたいと思います。​

気づいた今からどんどん変わっていかなければ未来は何も変わらない

滋賀 教員 55歳 男性 TF

気を通していただいて「立てる」ことがわかっていればそれでよいのに、立つことまでやってしまう自分、立てることを証明したくなる自分、できたということに満足してしまう自分、そういう自分であることに、先生のご指摘でハッと気づかされました。

身体に自然に起きる変化を「できた」という頭の記憶に置き換えてしまい、常に自分の知っている意識の範囲で処理してしまうことが、「我が強い」ということであることに気づかせていただきました。

本来見えないものを感じることができる自分、エネルギーを受け取ることができる身体であることを先生に証明していただいているにもかかわらず、自分のわずか5%の顕在意識で遮断している実態を思い知らされます。落ちたものをただ拾う動作と「落ちましたよ」と言いながら拾う動作とでは強さが各段に違いました。

ただ拾う動作はそこで心が止まってしまっていますが、「落ちましたよ」は相手の人へと心がスーと動いていくことが感覚としてよくわかります。心の大事さ。それを普段いかにおろそかにしているかを実感しました。

また体育の三角座りが正座や胡坐に比べて弱くなることはこれまでにも教えていただいていましたが、胡坐、長座、三角座りと比較して検証することで三角座りがいかに気を通さないものか、人間の身体を壊すものであるかが明快にわかりました。

比較して実証という、これほど科学的な根拠があるのに、圧倒的に多くの学校で今日も当たり前のように三角座りを子どもにさせていることは、まさに先生のおっしゃる「奴隷にさせられている」象徴的な現象だと強く実感できました。

気づいた今からどんどん変わっていかなければ未来は何も変わらないことを道塾で直接、またご著書から繰り返し教えていただいています。

コロナは地球にとっては「正義の味方」だとのご指摘も気を通していいただき身体の感覚を通して聴くと深い納得がいきました。これまで人間がいかに好き勝手にふるまい地球を痛めつけ汚してきたか、地球にとって調和できないものを排除しようとするのはごく自然なことなのかもしれません。

コロナは人間や社会を炙り出すものだと思います。畏敬をもって調和する道を歩まなければ人間に未来はないとの啓示だと思います。その道を示していただけるのがまさにこの道塾です。このありがたさに感謝し行動のスピードを上げたいと思います。ご指導ありがとうございました。