2021年 大阪・A 第5回(2021.9.14)

道塾に参加していると、心の力に自信を持つことができます

大阪 会社役員 48歳 男性 MO

この日、宇城先生から人が持つ、力の3つの段階について、実践・解説して頂きました。

8人の男性が列を作り、正面に一人の男性が立つことから実践が始まります。

まず一番下は、筋肉の力。
力ずくで押しても、当然一人の力では、どんな筋力自慢でも8人の男性で支えた集団を押すことは出来ません。

そして次に二番目力は、必死の力。
正面に立つ男性からナイフを向けられ、体にナイフを突きつけられると、一番前に立つ男性は、身体が勝手に反応し、7人がかりで支える男性の集団をそのまま後ろに倒してしまいました。
私は一番後ろから集団を支えていたのですが、ナイフを突きつけられた男性の恐怖心が、伝わってくるようで、人が必死になったときの力を体感することが出来ました。

そして一番上の力は、気の力。
宇城先生が、侍が腰に刀を差すように、ナイフを構えただけで、先頭に立つ人は気圧されて下りだし、背後から支える男性の集団も、たちまち崩されていきました。
これは、恐怖心から身体が崩れたというより、心が完全にただただ圧倒されたような感覚でした。
恐怖心ではなく、ただ正しい判断、行動、正義の前に、立ちはだかる意味がないような感覚です。

そして私は、宇城先生の気に押されたとき、「肚の座った侍がいた江戸時代や明治時代なら、コロナに対しても、初動から今と全く違った対処の仕方をしたんだろうなぁ・・・・。」
と思いました。

コロナ問題への対処だけでなく、外交にしても、政治にしても、経済にしても、もっと平等で、心から安心できる生活を送れていたのではないかと思いました。

肚の座った人の判断は、「私」ではなく「公」から導き出される覚悟を持った判断です。
これは、この日実践と講義を通して学んだ、私の結論です。

私利私欲に捉われた心より、覚悟をもって事に当たる心の力の方が、遥かに強いことを実践と講義を通して学ぶことが出来ました。

「私利私欲よりも公を取ること」
「覚悟の力」
と言ったどこにでも聞く言葉ですが、それが肚の座っていない現代の日本人から聞くと途端に薄っぺらく感じます。

しかし理屈や知識といった言葉だけでなく、実践と講義を通して心に伝えて下さる宇城先生の道塾は、本当に貴重な場だと思います。

何事にも置いて、肚を据えて覚悟をもって事に当たる事。

道塾に参加していると、心の力に自信を持つことができます。
その自信をもって、全てのことに覚悟をもって望みたいと思います。