2015年 熊本 第1回 (2015.1.30)

調和と相対の価値観について思い続けている   福岡  主婦 女性 48歳 MY

 熊本道塾に参加し、調和の価値観と相対の価値観について思い続けています。勉強と経験不足のため、結論に結び付ける糸口すら見つかりませんが、頭から離れない問題です。
 私は、母親ですから、子どもを叱ります。子どもはふて腐れながらも、受け入れてくれます。では、他人を叱るとどうなるのかと考えてみました。普通、一般的にはムカつく等、怒りの感情を持たれてしまいます。師と仰ぐ存在や、親友、親など本人が心を開いている人から叱られると受け入れることが出来るが、そうではない人からは突っぱねて感情を害してしまいます。これは、調和と相対の価値観と同じなのではないかと思いました。
 また、叱るという行為は相手主体であり、諭されるという結果はより良い方向に共に歩むという事なのではと思います。まさに調和です。怒るという行為は自分主体で、怒った相手からはやり返されてしまう可能性があります。相対の極みは国家間の争い「戦争」です。では、叱るということを他人に受け入れて貰うにはどうすればよいのか、友人同士でさえ難しいことを、どうやって伝えることが出来るのか、私は正にそれを宇城先生から学んでいるのだと思います。
 個人個人は争いを嫌い平和な心で日々過ごしたいと思っているはずなのに、なぜそうはならないのだろうか。相対的世界が心のバランスを危うくしていることは間違いありませんが、それに気づいていながらもその価値観にどっぷり浸りきっているほとんどの日本人はどこに向かっているのか全く分からなくなりました。
 非暴力を訴えたガンディーや博愛のマザーテレサなど、歴史を振り返ると愛され尊敬されている人々は、たくさんいますが、ただそれだけです。同じ行動を起こしている人は今も世界中にいますが、人々は他人事のように無関心か、「自分には出来ない」「時間もお金もない」「何か宗教的」と理由をつけて変わり者を見るように距離を置いているように感じます。そんなことより、目の前のことに必死です。しかも、最近はよりスピードを増して相対的価値観が世界を覆い始めているように感じ、ヒリヒリします。
 そんな中でゆっくりと広がる調和の価値観はどう向き合うことができるのでしょうか。スピードがあり、暴力的な威圧感で巻き込む相対の世界に圧巻されそうです。かといって、競争から一線を引いて離れてしまうとただの変わり者の別世界を生きている人となり、何も変えることが出来ないどころか、疎外され話すら聞いて貰えなくなります。相対の価値観はだめだと決めつけてしまうこと自体が既に調和していないのかなと思いました。相対に背を向けてしまっては何も変えることはできないのではないかと。毒も使い方によっては薬になります。毒を抱きつつも真っ直ぐに生きる世界観が必要かもしれません。
 宇城先生はそこを闘っているんだと思いました。世の中が間違っている方向に進んでいる中、なんとかしなくては、と毒を飲み込みながら闘っていらっしゃるんだと思うと、私はどうすればいいのかと改めて自己を見つめて、何もできていないことが、悲しくなりました。今まで、知っていましたが、本心から気付いていないことが分かりました。歴史的に深く、地理的に広く俯瞰する目をもたなければ、目の前の情報に流されてしまうことも分かりました。無知でいることの罪深さを知り、勉強が必要なのだと思いました。先生の言葉や行動、その全ての意味を本当に知ることは今の小さい私には到底出来ないことですが、諦めずについていきたいと強く思いました。

 

改めて心の在り方が大切であると感じた   山口  教員 男性 28歳 SA

 宇城先生、この度も大変貴重なご指導誠にありがとうございました。今年も一年間、何卒宜しくお願い申し上げます。
 今回も非常に多角的でかつ広い視野からのお話をお聞きし、改めて自分の視野の狭さ、スケールの小ささを感じた次第です。道塾で先生から直接ご指導を頂いた直後は、受講前より自然と視野や物事の捉え方が広がっているのを感じるのと同時に、「気」によってエネルギーが満たされているのを感じます。これを日常で消してしまわないように気を引き締めて、これからも過ごしていきたく思います。

 昨年12月の受講から今回の受講までの間、自分の中で意識したのは、なるべく純粋なピュアな気持ちで受講しようというものでした。桜井高校を始め、先生の講習会を受講した高校生皆さんの感想文を読んでいて、自然とそのような気持ちが湧き上がりました。先生からこれまで「調子に乗らない」「心の在り方が大切」であることは繰り返しご指導いただいておりますが、やはりまだまだ自分の内面を自分で閉ざしているように感じます。受講しながら、自分はやはり心のどこかで、どうやったらできるようになるのかのヒント・手がかりを探そうとしていることに気付けました。先生の限りなく深く、はるか高い次元からの教えを、自分の頭で理解しようとすること自体、非常に横着であり、学ぶ上での取り組み方が間違っていると感じました。

 受講後、もう一つ大切なことに気付きました。それは先生の「気」によって自分がどんどん変わっていっているということです。これまで私は自分の「変わりたい」という強い気持ちが自分の変化を実現しているのだと思っておりましたが、それはまったくの勘違いでした。先生の下にいるからそう感じるのであって、なかなか思いだけでは昨日より今日、今日より明日という感じでどんどん自己変革をしていくことは無理だと思いました。先生の「気」がその場だけではなく、その後も生きる活力や変化を発生させるエネルギーとして作用している、それを今も無意識のところでも変わろうとしている自分、またはこれまで変わってきた自分から、そう感じております。

 実践・実技の中で先生が仰っていた、「入る、その心を日常に活かす」というお言葉がとても印象に残っています。私にとっては、先生に学ぶ心が全ての源だと思いました。先生に学べるときが一番自分の心と向き合い、高めて頂けているときです。今改めて考えてみても、自分が中心なのではなく、先生が中心にあるのが、本来的にすごく自然であるように感じます。今更ながら改めて心の在り方が大切であること、前向きにもっともっと生きていかなければと感じました。どこかで表面的な心だけで生活していたのだなと思いますし、それによって何もかもがぶれてしまって気持ちもどんどん暗くなっていたようです。もっともっと明るく、心を開いて、前向きに主体的に自分の人生という時間を過ごしていきたいと思います。
 宇城先生、本当にありがとうございました。先生の貴重なお時間を共有させて頂けることに心から感謝し、これからももっともっと自分の人生をより良いほうへ変えていけるよう、精進してまいります。まだまだ、勘違いばかりの私ですが、これからも何卒ご指導、ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

 

自分自身が変わっていくことの大切さを実感   大分  教員 女性 44歳 TM

 宇城先生、今回もご指導を賜りありがとうございました。さまざまな啓発本などで、言葉として勇気づけられる言葉は他にもあります。しかし、話してくださる言葉を、目の前で実際に具体的にやって見せて下さる宇城先生には、本当に毎回、驚き、尊敬するばかりです。そして見せて下さるだけではなく、私たちにその一端を体験させて下さりながら検証されることで、気付きかけたものが、感動として身体の中に入ってくる気が致します。周りの状況をあれやこれや心配することに終始していても仕方がないこと、自分が動くこと、自分自身がまず変わっていくことの大切さを、今回も実感として学ばせていただきました。

 今回、参加する前の私は「これをしなければいけない。だからきっとできないに違いない。」「こんな不安要素がある。だから難しいだろう。」そう弱気になり、迷っていました。そんな私に、片方に意識が集中し、力が入ると後ろは弱くなるという検証や、先生に気を通していただくと力ではびくともしない大人数ですら動かすことができるという検証は、「相対の世界で生き、動くのではなく、調和の世界に生きて、自ら動くようになれば、同時にいくつもの仕事をすることは簡単」「周りなのではない。自分次第である」という気付きを与えてくださいました。

 また、今回先生は「相対の世界で行動し、力で何とかしようとする時には、呼吸が止まってしまうんだ」ということを教えてくださいました。そして、「まるで眠っている時のような自然な呼吸、自然体で力みの抜けた呼吸の時に、重力の力をもらって動くのだ」とおっしゃいました。
 ついつい頭で考えることを先に始め、迷いの世界に留まってしまう自分に、懇親会の席でも、先生は「迷って、苦労の多い道と楽な道があったらきつい方を選ぶのですよ」「まず動くことです」「動くことで変わってくるんだから」そう話してくださいました。
迷いという雲がさーっと晴れていくような思いでした。迷いのさなか、私自身には、やはり力が入り、できもしないのに一人で力で動かさなくてはと思い込んでいたのだろうと感じました。「力では誰も動かせない、孤立への道に進む。調和すれば力はいらない。そして周りが動いていく。」先生が見せてくださり、感じさせてくださっている調和の世界に向かって、ともに学ぶみなさんとつながりながら深化成長していきたいと感じました。
 「統一体」とは、先生が、地球や宇宙のエネルギーと一体になっていらっしゃるお姿であること、そして私たちも先生の弟子として、その後にきっと続いていけるのだと信じることができました。目の前で先生の教えを感じ、体感させていただいているからこそ、こんな貴重な経験をさせていただけているからこそ、動いていかなければと、覚悟をいただいた思いです。本当にありがとうございました。

 

先生に心と調和の大切さを学べることに感謝と感動   大分  自営業 男性 54歳 TM

 宇城先生、熊本道塾でのご指導ありがとうございました。宇城先生を中心として、塾生のやる気に満ちた一体感を感じ、引き込まれるような素晴らしい学びの場でした。検証は驚きの連続でした。特に驚いたのは、十一人の塊を二人が引っ張るという実技がありました。到底二人では引っ張ることはできませんでした。しかしながら、一人が先に引っ張り、その段階で後ろから一人が押すことにより、塊が動き始めました。そしてこの検証には続きがあります。集団の中の一人でも他のことを考えていると、簡単に塊は崩れてしまいました。一致団結しているように傍からは見えても、心が同じ方向を向いていなければ形だけなってしまうということが理解できました。
 しかし、形だけを整え、形は整っていたのだからと、結果が失敗しても要因を他のせいにしてしまうことが、世の中の常であると思います。そこが最大の甘さだと思います。検証では、11人が何もしないという気持ちになると、最も強くなることにも驚かされました。押そうとする、引っ張ろうとする、でも何もしない。咄嗟の出来事でそこに至るのは、簡単なことではありません。頭で考えている間は、不可能だと思います。心が気を率い、気が血を率い、気が身体を率いる、最も大切なのは心以外にはない。
 宇城先生に心と調和の大切さを学べることに感謝と感動をいたします。宇城先生の学びで気づいただけでは、入り口の前に立てただけです。ドアを開けるためには、宇城先生の教えを、日々の生活で実践していかなくてはなりません。相対の世界で考えると、気が遠くなるほどのドアの数ではないのだろうかと思います。しかし、調和することができれば、一気にすべてのドアが開くのではないかと思います。
 宇城先生は、硬式ボールを投げることで、統一体と部分体の違いを解りやすく示して下さいました。部分体で投げると、キャッチする相手は相当に手が痛そうで、身体も逃げていました。統一体で投げると、相手は全く痛みもなく、平然としていました。統一体は、部分体と同じ行為をしていても、相手を傷つけることは一切ないということがわかりました。重力を味方とし、人と魅力を通して結びつけるように、謙虚さを常とし努力していきます。今後ともご指導をよろしくお願い申し上げます。