2013年 熊本 第1回 (2013.2.1)

厳しさの中でも愛を持って指導を   福岡 介護福祉士 36歳 女性 K.K
 今年初となる道塾では、指導者による体罰・暴力についてお話しされた事が印象に残っています。武道の世界をスポーツ感覚でとらえ、本来の武術を指導する者・伝える者がいない今、指導者が間違った指導を行なっている事をお話しされました。
 体に痛みを与える指導は、受けている側は勿論痛みがあり怯えてしまいます。そして、向き合っている相手や見ている周囲にも、連鎖し弱くなってしまう事を、検証を通してわかりました。以前のスポーツの部活を思い返すと、学校の先生が叩いて強くする。そこに愛がある。と言われないばかりの部活生活を思いだしました。失敗すれば、怒鳴られ叩かれ蹴られる。ミスは出来ないプレッシャーが誰にでもあり、怯えながらも、そこに愛はあるのだろうか?と疑問に感じながら部活を続けていた事を思いだしました。しかし、先生から学ばさせていただいている今、本当に間違った指導法を受けていたのだと感じました。叩いて強くする事が、人を強くすると勘違い・錯覚せざるをえませんでした。勝ち負けにこだわり、評価されたいという自己満足の世界だと思いました。

 先生が示して下さる気の世界を感じ学ぶ中で 、この世界の大切さがわかります。
 叩いてわかるものでもないし、知識だけにしてもいけない。何が正しいのか、身体が一番知っている事を感じさせられました。本来、人間が持つ能力を消しあってはいけない、心を発動させ学び感じた事を実践し、調和の心で相手と向き合って行かなければならないと思います。今回、厳しさの中でも愛を持って指導する事を学ばさせていただきました。

 

体罰や暴力は指導者の力量の無さの証明   福岡 自営業 46歳 Y.T
 今回の道塾では、塾長がお話された三つの事が心に残りました。
 一つは、現在学校やスポーツ界で問題になっている体罰、暴力についてのお話でした。
「体罰や暴力は、その指導者の力量の無さの証明である。会社経営の何千、何百億円の取引の実践のストレスに比べれば、スポーツでの良い成績やオリンピックで勝つ勝たない等のストレスなど比較にならない。」また、人類が今現在も存在出来ているのは、「相手を思いやる心」「愛」があったからである。それが無く、滅びていった民族もある。

 0.2秒という時間はとても早く、それを表すのに円を書いて示しても0秒からの距離が短く、目に見えないほどであるが、円の中心からの半径を長く伸ばして円を大きくしていけば、0秒から0.2秒の間が広くなります。だから、「相手に入る」「先をとる」ことのできる人は大きな円のように「心の大きな人」でなければいけない。と仰られました。
 いずれも、日常生活で実践できることです。しっかり、実践していきます。
皮膚感覚でわかり、できる境地にまで己を高めていきたい。

 

指導者の在るべき姿   鹿児島 団体職員 54歳 M.K
 第1回の講座では昨今問題となっている体罰の問題から、指導者の在るべき姿についてお話を伺うことができました。学校教育の現場の問題については、親という立場でいろいろと考えさせられた経験がありました。ひるがえって自分を見つめ直したとき、職場の責任者として部下や職員を正しく指導できているかと言えば、残念ながら大いに首をひねるところです。もしかすると、程度の差はあれ問題となった体罰教師と大同小異かなと痛感してしまいます。謙虚であること、心を開くことの大切さを改めて感じるところです。
  また、実技の時間では昨年の最終回と比較して素直に体が反応していたように思います。前回は公私ともに考えなければいけない課題が多い時期で、先生の指導を素直に体に取り込むことができていなかったように思えます。今回はできる限りこの時間に集中し、余計な雑念を払うよう心がけたつもりでした。すると前回の講座に比べて、先生に気を通していただいた時の体の反応が良かったように感じます。平静の精神面の安定が大切であるということでしょうか。心が浮き足立っては成るものも成らないようで、心の大切さを身をもって感じた次第です。

 

調和の大切さを体感させることのできる人間に   熊本 保健体育教諭 28歳 男性 A.H
 魂震える、貴重な学びをありがとうございました。

気づいた点は、
①「人間のおろかさを知る」
②「小宇宙(自分)ではなく、大宇宙(自然)からものを考える」
③「0.1秒の世界に身を置く」
④「スポーツからスポーツ道へ」
⑤「優劣ではなく、それを超越した境地の調和」 です。 

  まず、講座を受けて自分自身がいかに「横着で、傲慢で、頭脳で」生きていることに気づかされた。統一体づくりは過去に体感していたため、身体脳で動いている自分がいることに何の疑いもなかった。  しかし、その思い込みがいとも簡単に覆された。気で相手を制圧する検証では、中途半端な自信が相手から言われたことを「素直に受け入れること」を阻害していたことに気づいた。それは調和ではなく、衝突を生み出してしまう。どちらかが死ぬということ。
 次に、0.1秒の世界が心に残った。意識下で動いているうちは本物ではない。無意識下で動くレベルにまで自分自身を高めたいと感じた。そのためには、死と向きあえる場に自分自身の身を置かなければならない。私が閃いたのは、世界と常に対峙する状況をつくること。まずは台湾との絆。その後、欧米も自分の足で見てみたい。 
  最後に、指導者として、人の前に立たせていただくことの意味を今1度振り返りたい。現役時代、青年海外協力隊時代(アフリカ)から「人間教育(心)」の必要性を痛感していた。優劣ではなく、調和の大切さを体感させることのできる人間になるためにも、宇城塾長の教えを皮膚感覚でわかり、できる境地にまで己を高めていきたい。

 

目をみはるばかりの「気」の凄さ   熊本 サービス業 55歳 男性 T.N
 今回で3回目の受講となりました。まず、導入の部分の塾長のお話が素晴しいと思います。今の日本の行く末が、本当に気になります。利他の精神を忘れた日本人は、世界からは完全に過去のような、尊敬の念を抱かれる事はなくなってしまい、アメリカの占領政策の意図に益々はまりこみ、このままではまさに、将来は危惧されるばかりです。
  こんな時代にこそ、塾長の『事理一致』の精神を武道のみならず、日本人に提唱して日本創生の礎となっていただきたいと思います。「気」の為せる凄さの数々に目をみはるばかりです。今、武道に限らず真の指導者が不在となっています。武道界の常識を逸した不祥事等には目を覆うばかりか、悲しい限りです。先人が命を賭して創り上げてきた、世界に誇れる『道』の復興と気の正体、人間が持つ潜在能力をもっと知りたく、次回も通わせていただきます。

 

ただがむしゃらではだめ   熊本 大学生 21歳 女性 H.I
 私は中学校の時から運動に励んできて、様々な練習をしてきましたが、無理に力を入れて練習すればけがをした経験もあり、ただがむしゃらにやるのではだめなんだと思っていました。今日は「気」を感じるかそうでないかであんなに体が変わることに驚きましたし、もっと学んでいきたいと思いました。
  私は現在大学3年生で、将来の夢は医師として社会の役に立つことです。そのために、宇城先生のおっしゃっていた器の大きな人間を目指していきたいです。