東京・大阪・仙台・熊本・岡山・名古屋 特別合同合宿  (2018.3.10-11)

心を開いて交流できたことは本当に 素晴らしい経験   青森 自営業 46歳 男性 ON

 今回初めて参加させていただきました。よく参加されたことのある塾生から「合宿は道塾1年分に匹敵する」と伺っておりましたが、まさにその通りで した。北海道から九州まで、日本全国各地から志を共にする方々と一日を過ごし、心を開いて交流できたことは本当に 素晴らしい経験となりました。

今合宿で先生が強調されていた時間を連続させるということ。
様々な検証を通じて入れていただいた気のスピードを切らない、ということです。
とにかく気を入れていただいた時のスピードは凄まじく、意識や筋肉の時間をはるかに凌駕します。

 連なる5人に抱きかかえられてもそのスピードの違いで全員を簡単に投げることができる。意識で投げようとするとスピードが同じなのでぶつかってしまいますが、気を入れていただくとスーッと相手と 調和し、相手との間に存在していた壁がなくなっていきます。
 私には横着で自己中心的な部分がまだ残っていて、何かやると内向きになってしまいます。無意識に上手くやろ うとしてしまうのです。そういう自分の甘さと向き合い、癖をとっていかなければなりません。

 宇城先生に入れていただいた気の時間を連続し続ける。もっと素直にシンプルに心を開き愛や真心、感謝のエネルギーを行動を通じて示し続けることが何より大切だと 思います。

 今回初めてサンチンを指導していただきました。私にとっては全てが宝のような時間でした。
 呼吸法の説明で先生がおっしゃった「私からあなたへ、みんなへ、天に感謝し、地に感謝する」 サンチンは愛を教えている、ということがすべてつながってきて、その深さに改めて感動を覚えます。毎日大切に育てていきたいと思います。

 塾の講義はもちろんのこと、食事やお風呂など、宇城先生と共にするすべての時間が私にとっての財産となりま した。本当に素晴らしい合宿をありがとうございました。心から尊敬できる師を持つ喜びを深く実感しております。また、懇親会では身に余るお言葉をいただき誠にありがとうございました。一生の宝といたします。

 

感動と自分の常識を遥かに凌駕する実践と検証の数々   山口 自立支援施設職員 32歳 男性 SA

 いつも感じることですが、毎回の合宿が本当に密度の濃い時間と学びの連続で、人生で最もエネルギーレベルが 高まっている瞬間だと感じます。
 日常の常識でがんじがらめになっている身体と心が一気に解き放たれるような 感覚を覚え、感動と自分の常識を遥かに凌駕する実践と検証の数々によって、今の自分のままではいけないと、心から思いが湧き上がります。

 今回の合宿を通して、『できない、分からない、自分ではどうしようもできない!』と、先生が次々と展開され る実践と検証を目の当たりにして感じることは、落ち込むようなことではなく、むしろ逆に大いなる最高の希望 なのだと気づかせていただきました。
 何回生まれ変わっても、こんな素晴らしい事象を目の当たりにできること は絶対にないかもしれない。宇宙の神秘をこの自分の人生で体験できること自体がもの凄い奇跡であり、幸せで あり、全てだと感じました。

 自分の常識で物事を見ようとすることの愚かさや視野の狭さ、考えの浅さ、ゆえに迷ってしまう自分に、私は今 まで気づけていませんでした。私の人生において、先生に学ばさせていただいていることは、人生全てを明るく 照らす希望の光そのものであり、明確な道標、指針です。

 数多くの検証を通して、溢れる塾生皆さんの笑顔。先生が気を通してくださり、自然と反応する自分の身体。そ の事実に感動する自分の心。そしてあまりの衝撃に信じられない!と反応する思考。そこには、先生の愛情が私 の全てを導いてくださっていることを感じました。

 自分の日常は自分を変えるためにある。自分から目を逸らさず、少しでも向き合います。それが先生からいただ いたエネルギーを自分の人生に生かすことだと思いました。毎日が勝負と思い、精進いたします。
 先生、この度 も本当にありがとうございました!これからも何卒、ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

 

「今の中の今」を大切にすること   神奈川 会社員 52歳 男性 TK

 時間とは何かというところから深い学びにつながりました。時間は常に流れているなかで、自分たちは常に何かに縛られてその瞬間のなかにいることができません。「今」の中には「今の中の過去」と「今の中の今」と「今の中の未来」が存在していることを教えていただきま した。

 先生の世界では「今の中の未来」が当たり前のように見えていて、だから今の瞬間に将来どうなるのかが見えて いるのだと思います。自分たちにはもちろんその世界を見ることができません。逆に、自分たちはほとんどいつも今の中にいながら「今の中の過去」にいるのだと思います。
 結局は、今があるのにその瞬間、瞬間、過去の思いに囚われたり、明日の心配をしていることが多いような気が します。 それこそが「今の中の過去」にいることだと思います。

 先生がよく言われる「終電を気にして時計を見ながら飲むこと」が如何に「今の中の過去」にいる事なのかが分 かりました。今与えられた機会に感謝し、今を大事にすることでやっと「今の中の今」に入れるのだと思います。

 合宿で先生と寝食を共にできるということがすなわち「今の中の今」に接していることなんだと感じました。 「今の中の未来」を見ることは容易ではありませんが、せめてできることは「今の中の今」を大切にすることだ と思います。そして、その積み重ねが少しづつ未来をいい方向に変えていくような気がします。

 

道塾で得られたエネルギーを一人革命を持って、
もっともっと発揮していかなければ
                茨城 自営業 49歳 男性 KM

 まさに主観的な時間を過ごさせて頂きました。合宿ならではの広い会場を使った実践検証は、本当に感動的です。
この度も人間の力の凄まじさを何度も体験させて頂きました。内面が熱くなり全身が変化します。止まってい た思考が急に動き出します。ふと、頭の中に小さい日本、小さい政治、そして小さい自分が映像で見えた気がし ました。それを上から見ている感じでした。
 ここで体験した、気が流れた塾生全員がつながり、その巨大な潜在能力を発すれば、本当に別世界が生まれるの だと思います。あらためて道塾が常識の世界の外にあることを認識しました。
 この道塾で得られたエネルギーを一人革命を持って、もっともっと発揮していかなければと強く思いました。

 

途切れることのない学びの場   大阪 歯科衛生士 53歳 女性 HN

 普段の2時間の道塾とは違い、宇城先生と寝食を共にしてのご指導は、途切れることのない学びの場でした。

 今回の合宿では「統一体は時間が連続している」「部分体は時間が不連続、または止まっている」ことを教えていただきました。先生のお話は常にいろんな角度から、様々なテーマで説明をしていただいています。

 それは今の政治の腐敗した現状や経済であったり、江戸時代の武士の話であったり、かつて開発や経営をされていた頃のお話であったり、保険会社でのお仕事や慰安旅行のお話であったり、海外に行かれた時のことなど、本当に途切れることがなくお話が続いています。

 今までは、そのお話を一つ一つの出来事として聞いていましたが 、先生はすべてを繋げて、私たちの止まっている考えを循環するようにご指導してくださいます。

 受験勉強と同じで、頭で理解しようとしたものは試験が終わったらすべて忘れてしまい日常には生かされず、成長にはつながらないため、時間が途切れます。

 宇城先生にご指導いただいていることは、断片のお話ではなく、すべてが生きていて次に繋がっているお話であり、時間でした。

 分かりやすい検証としては、人の話を聞くときに、腕を組んだり片足を投げ出したりして横着な態度でいると、気が通らない身体となり、後ろから押されるとぐらついてしまいます。ところが、きちんと姿勢を正して聞くと、重心が重くなり、押されてもぶれなくなりました。

 また、普段が横着な態度で過ごしていると、その時だけ取り繕っても、やはり押されると簡単にぶれてしましま した。今がすべてに繋がっているということで、うわべだけの体裁は何の意味もなく、身体がますます弱っていき、結局は嘘をついたり、逃げたりする人間になり下がるのだと思いました。
 時間が連続すると考え方も加速し、ちょうどコマのように回転していくのだと気づきました。

 自分は、なぜ毎日を忙しく感じているのだろうと思っていましたが、それは止まった時間をつなぎ合わせているからしんどいのだと腑に落ちました。 頭で考えて物事をしようとするから遅くなり、遅いから早くしようと力任せになり、かえって行動は遅くなります。

 心で思ったこと、感じたことに起因する行動は、速いだけでなく、無駄なエネルギーが要らないため、疲れることなく次へ進めます。私はまず頭で考える癖を捨てなければならないと強く感じた合宿でした。

 この合宿で学んだことを、毎日の生活に生かしていき、一日一日を大切にしっかり生きていきたいと思います。そして、また次の合宿で宇城先生の気に包まれた時間を過ごせることを楽しみにしております。

 

何かに取り組む姿勢。普段から大切にしたい   東京 学生 19歳 男性 KK

 今回初の合宿参加させて頂きました。会場で先生をお待している間、先輩の塾生の皆さんがゴミを拾っている姿 を拝見し、先生に対する姿勢、行動に改めて感動しました。宇城先生という同じ目標を持ち、一緒に学び、成長出来る先輩がおりとても嬉しく、ありがたく思いました。

 先生は序盤の講義でおっしゃっておられた「統一体は時間が連続しており、部分体は時間が止まっている」がとても印象に残っております。従来、先生に気を入れてもらうとできるも、その後自分でやるとできない。これは 時間が止まっている証拠だと思いました。時間が連続していると全てが繋がっている。腕を組んで人の話を聞く、その時点で時間は止まっている。普段の生活がいかに大事か、再確認しました。

 現時点での私はもちろん「気」を自分で使うことは出来きませんが、先生がおっしゃていた、「できたか、できないかではなく、そこの向かう姿勢が大事」これがとても印象に残っています。これは全てについて言えること だと思いました。何かに取り組む姿勢。普段から大切にしたいです。

 塾生全員でうつ伏せの先生を抑え、通常の筋力による力では ビクともしませんでしたが、気を使い動かすと全員飛ばされてしまいました。常識では考えることができません。
 人数も性別も問わない「気」人間の可能性は本当に素晴らしいと毎回感じます。

 しかし、その「気」に気づかない身体になりつつあるのも現状です。いかに普段の生活が大事か、お婆さんに席 を譲り、ありがとうと言われる。これを増やしていく、自分自身で変わる姿勢。これが大切だと感じました。通常の道塾より内容が濃く、じっくり実践でき、先輩方も沢山おり、とても素晴らしい合宿でした。

 毎回の道塾で自分のできていなさ、わかってなさに気付きます。しかし、それ以上に希望も頂きます。唯一無二 の宇城先生出会えたこと、学ばさせて頂いていることに本当に感謝しております。お婆さんに席を譲っている自 分へ。普段をより大切にしていきたいと思います。

 

合宿での先生はどこか「侍」のような印象   神奈川 会社役員 50歳 男性 YO

 普段の道塾で体験する2時間とは違う深さのようなものが合宿にはあると感じました。2時間の普段の講習でもそれを6つ足せば合計12時間になりますが、それでも恐らく得られないような体験が合宿にはあるのです。これはたとえ一晩でも、講師としての宇城先生ではなく、人間としての宇城先生を感じられるからではないでしょうか。

 私にとって普段の道塾での先生は「先生」という印象が強いのですが、合宿での先生はどこか「侍」のような印象があります。もちろん、今にも斬り殺されそうで怖いという意味ではありません。次々と見せてくれる技があまりにもすごくて2日間、呆気に取られっ放しになっているせいでそう感じるのかも知れません。

 これはきっと黒船で日本に来て、初めて侍と接したアメリカ人が感じたことと似ているような気がします。自分たちが当たり前としてきた常識が全く通用しない、侍だけが持つ尊ぶべき技と文化、そしてその風格と気品。それに圧倒されます。

 この感じは2時間という短い時間の講習だけでは分かり辛い事だと思います。その意味でも今回、合宿に参加させていただいて良かったと改めて思うのです。

 今の私にとって普段の道塾は人生を学ぶための場ですが、合宿はそこからさらに一歩進んで侍の心と魂に直接触れるような経験になり得たと思っています。そしてそれを全国の道塾の仲間たちと共有できた事は何にも代えがたい喜びとなりました。誠にありがとうございました。