道塾で学んで ― 私の変化 ―

道塾で学んで ― 私の変化 ―



宇城先生が提唱される「一人革命」、「心あり」を
日常で実践をすることで、すべてが好転していきました。

  水野 克彦さん 47歳

   警備保障会社 代表取締役
   (大阪道塾所属)

「会場の教室に入って講義が始まった時から、私自身の体が普段と違う感じになり、頭が理解する前に、体が反応していると自分で認識できたことが、一番の収穫でした。本当に頭脳より身体の方が、速く正しく反応する。理屈は全く必要もなければ、通用もしない。」 

平成19年1月31日、大阪にて道塾に初めて参加した時の感想文です。まさに、この日こそ、私の人生が大きく転換した日でありました。 

私は、和歌山県で中小企業を営んでおります。 宇城先生と出会った時は、業績が下降している時期であり、非常に危機感を持っている時でありました。 その時分は、危機感から営業活動に力を入れるも、なかなか成果が上がらず苦しい期間でした。
当時は、How toを求め、目先の数字を求め、迷走していたのだと思います。 宇城先生と出会うことで、明確に解決策、やるべきことが分かったのです。 

具体的に、私が実践したことは、宇城先生にご指導いただいた「挨拶」でした。 「挨拶」をすることで、自らが変わり周りが変化していきました。 今も、一番大切にしているのは、「挨拶」です。 

宇城先生の教えを実践することで、悩まなくなり、迷わなくなり、スピードと自信が出てきました。 行動することで、自らが変わることで、周囲を導いていく。 宇城先生が提唱される「一人革命」、「心あり」を日常で実践をすることで、すべてが好転していきました。 

会社の業績(売上、規模など)は、あらゆる数字・項目などで約2.5倍の成長となりました。それも、道塾に通い出して3年間で達成した成長でした。 それ以後も堅調な成長を続け、現在、平成19年から約3倍の成長を達成いたしました。決して数字を追い求めたのではなく、ビジネスの本質を追い求めた結果、成長したのです。

まずもって、「師を持つ人生」は、素晴らしいということです。 師を持つことで、基準・指針・拠り所となるものが自分の中に出来、進むべき方向が分かり、自分を信じることが出来る。 How toになることなく、師を中心にWhyと本質を追及して、深さを求める人生になるのです。 

宇城先生は、すべてに対して、具体的な解決策をお持ちです。 すべての事柄に対して、事実・真実・真理から、本質を導き出されます。 本質を捉え、理解されているから、具体的な解決策へのヒントをくださるのです。

混沌とした現在において、迷わず進むべき正しい方向が分かる。 どうすればよいか分からないと逡巡して、行動に移せない方が多い中で、具体的な解決策を自分で見出せる、スピードを持ってすべきことを行動できる。 
これほど、現在人が求めているものは、ないのではないでしょうか。

宇城先生の道塾には、明確な「師匠という基準」と、「師の教えという解決策」があると、私は思います。

私が道塾に通う理由は、「師を持つ人生を歩むため」、「幸せになる方法、師の教えという解決策を得るため」です。

「進歩成長とは、変化する事である。変化するとは、深さを知る事である。深さを知るとは、謙虚になる事である。」 

宇城先生のお言葉の意味するところを自らの身体で体験することで、皆様にも是非私と同じように、師を持つ人生を歩み、心ありの行動を日常で実践していただきたいと思います。

新しい世界に踏み出す気づき、勇気を与えてもらったことに感謝

  清水 真平さん 34歳

   総合商社 役員
   (名古屋道塾所属

私が宇城憲治先生の存在を知ったのが2011年。その後、宇城先生の著書を読み、DVDを観る中で、宇城先生の哲学・指導方法・人間性に引き込まれ、その年の7月から大阪で道塾(初級)を受講させて頂いたのが、私の道塾との出会いでした。それから早9年の年月が経ちましたが、その9年間で数え切れないほどのことを教えて頂きました。  

道塾が持つ価値とは、道塾を通して「何を教えて頂くか」よりも、「宇城憲治先生という唯一無二の『師』に出会えること」だと思っています。

私は大学卒業後、高校教師として働いていました。道塾で学ぶ中で、自分が守られた中で「教師という資格・肩書きで仕事をしている」ことに気づかされ、「もっと厳しい環境下に身を置き、自分自身をもっともっと成長させたい!」と思う気持ちを持つようになり、新しいチャレンジに踏み出す勇気も頂きました。   

当時、公務員という立場にいた自分にとって、宇城先生との出会い、そして指導がなければ、間違いなくあの決断はできませんでした。 
宇城先生に出会うことがなければ、私は今でものほほんとした気持ちで高校教師を続け、何も知らないくせに偉そうに振る舞うろくでもない教師になっていただろうな…と思います。そう考えると、いつもゾッとします。 

新しい世界に踏み出す気づき、そして、勇気を与えてもらったことに、心から感謝しています。

宇城先生の言葉に、
「地球は重力でものを引きつける。磁石は磁力でものを引きつける。
  人間は魅力で人を惹きつける。」 
というものがあります。 

まさに、宇城先生は《魅力で人を惹きつける人》そのものです。世の中には多くの「先生」と呼ばれる方々がいます。しかし、多くの「先生」たちは、その肩書きや過去の実績に頼り、「現役」の人は多くいない様に思います。少なくとも私が出会ってきた人たちの多くはそうでした。 

そんな中、宇城先生は今現在でも、誰よりも勉強され、誰よりも速いスピードで成長されていきます。まさに「現役」そのものです。その姿を間近で見させられると、日頃の自分に対して謙虚にならざるを得ません。道塾に参加し、宇城先生という人に触れることで、自然と謙虚でいられる。そんな場所、まずありません。 

「レベルが違えば、会話すら成立しない。」 

宇城先生は季刊誌『道』で対談される一流の方々とのお話をよく例に出され、このことを言われます。道塾に参加する度に、自分が宇城先生の教えを理解できるレベルにすら至っていないことを、痛切に感じさせられます。人間としてのレベルの低さを分からせていただける機会があること自体が、本当に幸せなことだと思います。 

「進歩、成長とは変化することであり、変化するとは深さを知ることであり、深さを知るとは謙虚になることである。」  

これからも宇城先生の教え通り、人間の持つ無限の可能性を信じ、変化・成長を求め、行動し続けていきたいと思います。

道塾での楽しくも驚きに満ちた実体験は 
 私にとって宝物です

  三戸 久美子さん

   樹木医 大学非常勤務講師
   (東京初級道塾所属)

私がなぜ道塾に通っているのか、その理由をあらためて考えてみました。通い始めてまだ1年ほどとはいえ、道塾での経験は、私にとって密度の濃いもので、思い浮かぶことはたくさんあります。ここにはとても書き切れない気がしますが、あえて手短に表現するならば「楽しいから」と「必要だから」と言えると思います。

私は20代半ばのあるときに、なぜか自分はとてもお師匠さま運に恵まれている!と感じることがありました。今の仕事でも、実力があり、お人柄もとても優れた立派な師に恵まれました。20年あまり、その師のご指導を受けつつ、仕事をし続けることができました。自分はお師匠さま運に恵まれている、という思いを常に持ち続けてきました。そして最近、「どのような師をもつかにより、人生は大きく左右される」ということばをある方から聞きました。私もそれを痛感します。

仕事では、その恵まれた師匠運のご恩返しのため、力をつけて、できれば師に少しずつでも追いつきたい、と思ってずっとやってきました。ですが、私にとってはあまりに偉大すぎる師匠です。追いつくどころか、どんどんと差が開いていくのを目にして、途方に暮れた20年あまりでした。よい師に恵まれるとは大いなる幸せであると同時に、かなり苦しいものだということを知りました。

ただしそれは、宇城先生に出会うまでのことです。宇城先生のことを知り、ご指導を頂けるようになってから、私の心境は大きく変化しました。偉大に師に追いつこうなどと考えて苦しむのではなく、ただシンプルに「師を映す」ことに取り組む、それをやり抜いていこうとすることが大事なのだと、宇城先生に教えて頂きました。それ以来、肩の荷が下りて、偉大で立派な師を持つことが重圧ではなく、幸せで楽しいことに変わりました。同じことをするにしても、苦しみながらよりも、楽しみつつのほうがよい。そう思うようになりました。この変化は、宇城先生だからこそ起こしていただけたものと思い、深く感謝しております。

そうして通い始めた道塾での時間は、童心にかえった感覚で、心から驚き、無心に楽しんで過ごせています。他にこのような場はないのでは?と感じます。というのも、宇城先生は、ご自分ができるばかりでなく、他の人にも、できる体験をさせられる方だからです。この体験には、いつも大いなる希望と幸せを感じます。圧倒的な蓄積と実力をもつ師が、「本来はあなたにも誰にでもできることだ」と言い、実際にそうさせて下さるのですから。

また、大変な僭越にお許しを頂き道塾でご指導を受けての印象を述べさせて頂くと、先生は非常に厳しい基準をお持ちになると同時に、人をおおらかに包み込むような器の大きさと温かさも合わせ持たれた方のように感じられることです。それゆえ、武道や鍛錬とは無縁の初心者でも安心して、さらに希望と楽しさまで感じつつ道塾に通えるのではないかと私は感じています。

日頃、生き物相手の仕事をしていることから、生命のたくましさや神秘などに触れる機会は多くありますが、自分の身体への信頼や畏敬の念は、油断すると忘れがちです。そのようなときも、道塾に行き、身体の賢さや確かさを思い出す実証を体験することにより、深いところから希望や信頼が湧いてきて、安心して自分の日常生活に戻れます。

先日も、道塾で調和と融合を感じる実証をしていて、あまりに自分の身体がしっかりしていてゆらがないことに安心でき、まだ残っていた余計な力がふっと抜けた瞬間に、身体がますます安定したのが実感できて心底驚きました。このような道塾での楽しくも驚きに満ちた実体験は、私にとって宝物です。

通い始めてまだ1年あまりなので、周囲の方に感じてもらえるような変化はないかもしれませんが、自分なりにはいくつか感じています。

その変化のひとつは、人前で話したり意見を言ったりするようなエネルギーの必要な仕事の度に、事前に呼吸法をきちんとしてからお話するようになったことです。そうすることで落ち着いて話せ、自分としては悔いのない内容の話ができることを経験しています。最近はめったにありませんが、たまに、呼吸法をきちんとできないままにお話すると、結果がよくありません。違いが歴然としているので、気の張る仕事の前には呼吸法、というのが習慣となりました。

その他の変化は、行動や思いによって、身体が強くなったり弱くなったり、すぐに変化が生じることを実証で何度も体験しているので、小さなことでも、弱くなるのがわかっていることをわざわざしようとすることが少なくなってきたことです。行動前に「ここで自分はどうする?」と自問することが多くなりました。これはうっかり横着なことをするのを予防してくれています。

宇城先生の身近でご指導を受け、いつも細やかにお世話をして下さる道塾事務局のみなさま、道塾の同じクラスの方や先輩方と接する機会を頂き、また宇城先生とつながりをもたれる各方面の方々のお話しをうかがうことで、この道も長く続けていくことの大切さを感じています。私も事情が許す限り長く通い続け、先生のご指導を受けて変化、成長し、幸せを増していきたいと思っています。

私はこれからどんな変化をし、気づきを得られるのでしょうか? 
それをとても楽しみに感じつつ、これからも道塾に通い続けます。