2013年 東京初級(後期) 第1回 (2013.7.23)

本当に感じた、気による重さの変化   東京 学生 20歳 男性 T.I

 受講前、気を通すことによって、普通ではありえないようなことができるようになるなんてないし、きっとやらせか何かだろうと思っていた。しかし、二時間という短い時間で、私の考えは改めさせられた。  
 力まかせではどうしようもなかったことが、気によって、解決できたのだからだ。  
 一番印象に残ったのは、肩車をしたときである。  
 なぜかわからないが、本当に重くなったり軽くなったりする変化を感じたからだ。このときは、何か不思議な感じがして怖かった。  
 今は、この様な自分にもできるのだという経験を当分の間しなかったので、新たな自分に出会えたようで、新鮮な気持ちでいっぱいである。

 

「一瞬にして不可能を可能とする」を体感   神奈川 医師 47歳 男性 T.K

 実技で自分の両足をしっかりと二人の男性が掴んだ状態で行なった歩く動作がありましたが、はじめは歩くどころかほとんど足を動かすことすらできませんでした。しかし、先生に気を通していただいた途端、足踏みはおろか前に進むことができました。全く不思議です。先生は私に直接触れたわけではないのに、「はい」とおしゃって気を通してくださった直後より歩行が可能となりました。
私は懐疑的な方で、かたくなな理性が強いため、暗示にはかかろうと思ってもかかりにくいタイプなのですが、一瞬で歩けるようになりました。
これが「一瞬にして不可能を可能とする」ということなのか、と体感できたのですが、どうしてそのような変化が生じるのか、未熟者の私には、まだ全く謎です。

 そのあとも、私の後ろに2、3人の男性ががっちりとつかまりストッパー役をしてくれて、前から他の人が竹刀で私の胸の上部を突いたのですが、はじめは当然の如くかなり痛かったのですが、先生に気を通していただいた瞬間、痛みはなくなり、ただ押されるという感覚に変化しました。

 また、ボールを落下させたり、キャッチボールのように投げた時に気を通すと、ボールを受けた方は、ボールが重く感じられたとおっしゃっていました。スナップを利かせたり、投げ方などは全く変えないのに、先生は、「気を通すとボールの速度が速くなるから」と教えてくださりました。一生懸命、ボールの軌跡を目で追いました所、少し速くなったかなと感じました。 まだまだ見方が未熟なためか、劇的な変化は見逃してしまいました。
 他に、気を通すことにより、人をおぶって左右に振った時の感覚が変化したり、おぶった人の重さが重くなったり、様々な実技により気を体感できるようにしてくださいました。 
 頭の中のブロックがまだ残っているためか、本当にわかるところまではまだまだですが、何とか統一体に近づけるように今後も頑張っていきたいと思います。

 

混乱から感動と喜びへと変化   神奈川 会社員 50歳 男性 E.N

 受講1回目にして、驚嘆の一言が率直な感想です。事前学習として本を何冊か熟読しましたが、受講前までは正直なところ心のどこかで気そのものがマジックやトリックに近い一種の暗示なのでは、と思っていました。期待と緊張の中、気の実技を初めて拝見したときは、えっ何故・・・ どうして・・・ と、まず頭が混乱しました。
 たまたま私が塾生たちの前で実技する機会を与えられ、私は直立した状態で2人の男性から両足首を押さえられました。その歩行不可能な状態から気を通されると、不思議なことに前進して歩行することができました。その時、さらに私は呆然と混乱が増してきました。

 そして実技の中で最も驚嘆したのが、2人ペアーになり1人は正座をして、もう1人はその者の両肩を上から押さえつけ、決して自力では立ち上がることなど不可能であるにもかかわらず、先生から気を通されるといとも簡単に立ち上がることができました。
 この時、私の中で混乱から感動と喜びへ自身の気持ちが変化してきました。受講当日は以前から過度の運動により両膝を痛めていてサポーターをしており、正座をすることも厳しい状態でした。であるにもかかわらず、痛みもなくスムーズに直立できたことがこの上なく幸せな気分になりました。この瞬間から、心地好い気分に理屈は要らないと実感しました。

 先生は気そのもののお話に留まらず、人間として日本人としてあるべき姿や社会、スポーツ、教育、モラル等、あらゆる分野を通して分かりやすくご説明しアドバイスをくださいました。明日から生き抜く活力をいただけたことに深く感謝したく思います。
 第2回目の受講を心待ちにするのと同時に、自身でも日々の生活で横着をせず謙虚で素直な気持ちを以て臨みたく思います。そして少しでも自身の潜在能力が開花され気を発することができれば嬉しく思います。

 

自分の力を信じなければ何もできない   神奈川 会社員 30歳 男性 K.A

 宇城先生の「気」による実演の内容や哲学は動画やご著書で拝見しておりましたが、実際に体験し、実際に宇城先生の口からお聴きして改めて驚き、感動しました。
 気の実演で、列になった大勢を1人が引っ張るというものでは、気を通す前は踏ん張りが効いて引っ張られずに済みましたが、気を通された後は腹の力が抜けていき、簡単に引っ張られてしまいました。
 この様な内容を動画で見てもなぜ引っ張られるのか分かりませんでしたが、実際に体験してみると「腹の力が抜ける」という実感を伴うので、やはり百聞は一見にしかずだと思いました。
 また、大勢の男性を1人の女性が腕相撲で押し返すという実演では、宇城先生から気を通される前の女性はもちろん押し返すことは出来ませんでしたが、気を通された後も一瞬押し返せそうになく、その女性は諦めかけていましたが、宇城先生の「そのまま押せば返せるよ」の言葉に後押しされるように大勢の男性を押し返していました。
 この実演を見て、気を通されて統一体になったとしても、本人が「できない」と思っていたらできないのだと感じました。いくら自分に力があったとしても、自分がその力を信じられなければ何事もできないとよく聞いたりしますが、今回の件で改めてそう実感しました。
 今回、実際に宇城先生にお会いできた事によって、今までご著書で書かれていた宇城先生の哲学をより鮮明に感じられるようになりました。
 講義を受講させていただいてから5日が経過いたしましたが、受講後の変化としては、日々の生活で「宇城先生ならどうするだろうか?」という問いかけをして、その答えが日々の行動の判断基準になってきました。これから日々精進していきたいと思います。

 

体験してみるのと大違い「気」で出来る事   東京 50歳 女性 R.S

 知人に薦められ、受講を希望いたしましたが、正直申しまして半信半疑で臨みました。
テキストや『道』を何冊か読ませていただいておりましたので、どのような内容になるのかは半分くらいは予想しておりましたが、やはり読んだり聞いたりしてみるのと、体験してみるのとでは大違いということがよくわかりました。「気」を入れられると出来ないことが出来るようになるというのは、やってみて初めて実感できることで、どうしてかということは、私にはまだ理解できないでいる状態です。ただ、わからないなりにおぼろげに感じたことは、宇城先生のここぞという時の動作の素早さでした。私は、普段から時短をしようと思って色々と試しておりますが、結局は雑になってしまい、意味がないと思うことがあります。それは恐らく「心」を込めずに、ただただ慌ただしく動いているだけなのだと思います。親からよく、「横着はするな」「物事をいやいやするなら、やらなくていい」と言われて育ちましたが、その意味が先生の著書や講義を聞いて繋がったようは気がいたします。

 また、筋トレに意味がないという話も、以下の経験から繋がった気がいたしました。以前、茶道の稽古に10年ほど通っておりましたが、師匠が高齢の為指導を辞めてしまい、私も茶道を辞めました。辞めて1年後位に、師匠の喜寿の祝いで他のお弟子さんと会った時に、私を含めて数人が腰痛になっていました。その際に「1週間に一度でも正座して、姿勢を正して茶道の稽古をすると自然に腹筋と背筋がバランスよく鍛えられていたんだね。」という話が出ました。
 長年の癖はなかなか治るものではないですが、この講義を受けて、日々の動作や心の持ち方に気を付けていきたいと思うようになりました。細かな体調不良が色々とありますが、このような行ないで少しでも改善されるのではないかと期待しつつ、2回目の講義までに少しでも違いが出ているよう、学んだことを普段の生活に少しでも取り入れたいと思いました。

 

自分の関わる場所が活気溢れるように   神奈川 大学生 21歳 男性 M.T

 大阪での講演会を参加してからの道塾受講でした。
道塾で人間の可能性というものを教えていただき、心から感動しました。心を開き、周囲と調和してこそ真の力が発揮されることを先生が身を持って指導してくださったとき、自分の未熟さを実感しました。統一体で投げるボールを受けたとき、体が自然と後ろへのけ反ったことは驚きでした。
 私は、大学で選手としてのプレーと、附属中学校のコーチとしてサッカーに携わっています。女性が腕相撲で男性6人をひっくり返したように、みんながあっぱれとなるようなプレーを自分がして、中学生にもできるようにすること。そして、自分の関わる場所が活気溢れるようにすることが、私の公に生きるということではないかと感じました。
 講演会に来ていた車イスの方が、次の日にリハビリで歩けるようになった話には特に勇気づけられました。私はこうして五体満足に日々学べることに感謝して、成長できる感動を大切に日々過ごしていきます。

 

大切なのは「できるかできないか」   東京 公務員 38歳 男性 S.U

 道塾のご指導を受けるのは初めてで少し緊張しておりましたが、和やかな雰囲気のなか、講習が進むにつれ緊張も和らぎ、楽しく第1回の講習を終えることができました。
昨日の講習で特に印象に残ったのは、次の2点です。
 第1に、「大切なのは、どれだけ頑張ったかではなく、できるかできないか」という点です。できない人に限って、言い訳を考えたり、あるいはできないことをうまくごまかす理屈を考え出す、これが横着というものだというお言葉は、自らにも心当たりがあり、改めて反省する機会となりました。
 他方で、できない理由はもともと自分に能力がないからではなく、「がんばる」という誤った方法を採用しているためにできない。自分で自分をできないようにしているだけだという点には、勇気をいただきました。自分を縛っている誤った考え方や慣習をなくしていくことが、自分の本来の能力を引き出すことにつながり、その積み重ねが自信になるということだと理解しました。では、自分を縛る誤った考え方をなくすには何をすればよいのかと考えましたところ、冒頭のお言葉に戻りますが、「できるかできないか」という厳しい目で自分を見つめると同時に、自分以外の者を尊ぶ気持ちを持つ、すなわち「心」にもとづいて日々の生活を重ねることだと感じました。

 第2に、「科学は事実を後追いで語るので役に立たない。本当に役に立たせようと思うなら、事実が起こる前に対処できるようでなければならない」という点が印象に残りました。まさに先生のおっしゃる通りであり、東日本大震災も、結果的に地震を想定・予見して先手を打っておけば尊い人命を失うこともなかったのだろうと思います。誰もが想像できたはずの災害であったにも関わらず、それが本当に起こることを想定せず、先に手を打っておかなかったことは、まさに「横着」以外の何物でもないでしょう。自分自身にも、そのように反省すべき点は多くあります。毎日の生活の中で、事が起こる前に手を打てる機会というのは無数にあると思います。まずはその小さな機会について、後追いではなく、事に先んじて対応を取れるように意識し、行動し、それを積み重ねることで日常を修行の場としたいと思います。 私にとっては、とても重要な気づきが得られた講習となりました。本当にありがとうございました。

 

眠っていたものが目覚めたかけがえの無い時間   群馬 会社員 45歳 男性 Y.K

 私が宇城塾長の存在を知ったのはほんの数ヶ月まえの事です。たまたま動画サイトで塾長の動きを見たときに、自分が求めている何か(空手の枠を超えるもの)をはるか先から照らしてくれている方だと感じ、すぐさま先日の大阪講演を申し込み、拝見させていただきました。幸運にも実技デモに参加させていただき、その今までに無い感覚を味わった事が宇城道塾参加への直接のきっかけとなりました。
 そして第一回目。緊張の中ではじまりましたが、実技を体験、大阪で感じた感覚をまた味わったことで、いつしか心から楽しさが湧き上がってきていました。笑みが溢れているのが自分でもわかりました。
 また、実技の中で滞りがでた塾生に対し指摘されてた事・・・ できないのは日常の行動が反映されている(心の居付き、思いやり欠如、言い訳ぐせ等)はその塾生が言われたということより、私自身に対して言われたことのように感じ、身の引き締まる思いでした。それと同時に、その塾生がいたから塾長からそのことを言っていただけた・・・。素直にその人に感謝したい気持ちにもなりました。 あの場の空気は素直にそう思わせてくれる、そんな感じがしました。もしかしたらそれが気の力なのではないかと思っています。
 講義前半で現代社会の中での人としてのあり方を説いていられる時には、今までの常識、次元に縛られている、居付いてしまっている自分に気づきました。最近の世の中は人を攻撃する風潮が多く見受けられますが、人として進化するには本当に今こそ自分自身向き合うことが必要なのだと痛感、そしてひとりひとりが気づき、その気づく心が協調し、調和していったらどんなに世界が素晴らしくなるのだろう・・・、塾のあとにそんなことを考えていました。
 実技を一つ一つ体験することで自分の中に眠っていたものが目覚めてくる感覚、自分の可能性をもっともっと感じたいという感覚、かけがえの無い時間でした。まだこの時間が続くのだと思うとワクワクします。変わっていく自分に対しても期待感がでてきました。

 

これからは自信を持って言い訳しない人間に   千葉 会社員 48歳 男性 K.K

 初めて参加させていただきました。
『理屈じゃない』
よく言葉では聞いたりしますが・・・
昨日の体験がそうだったと思います。実技では兎に角、驚きの連続でした。 
先生が気を入れてくださると、その実技が自分にもできてしまう。
先生の著書を読んで分かった気になっておりましたが・・・
何も分かっていなかったです。

 ボールを使った実技も驚きました。
小学校でリトルリーグ、中学で野球部。少年時代に野球をしておりました。
球速、球威を付けるため、走れ、筋力を付けろ、体重を増やせ。
そう言われてやってきました。
統一体、部分体で明らかに球質が変わるのを目の当たりにして驚きました。

 高校からは、パワー主体の空手を学びました。
やはり筋力を付けろ、体重を増やせと言われておりました。
何の不思議も感じずに『そういうモノ』かと思い打ち込みました。
実技で数人の男性に腕相撲の形で腕を押さえられた女性が・・・
気を入れられた瞬間に跳ね返してしまうのを見て驚きました。
何かこう・・・
今まで常識だと思っていた事が跳ね返されたように思えました。

 私は数年前に片側の聴力を失いました。
医師からも残る機能も失う確率が高いと言われております。
それからは何をするにも自信がなくなりました。
仕事での業績も不振続き・・・
会社、同僚、部下にも迷惑を掛けてきたと思います。

 先生の御話を伺っている間に・・・
『俺は何を卑屈になっていたのだろう?』
『1つ失ったが、まだ1つあるじゃないか・・・』
『体を壊したのを言い訳にしているだけじゃないか?』
体は多少鍛えてきましたが、心は全然鍛えられていなかった。
言い訳や誤魔化しが多い生き方をしてきてしまった。そう思えて恥ずかしい気持ちになりました。
勝手に不安がって、自分を悪い方に追い込んで・・・
『何をしてるんだ俺は・・・』と。
そんな事を考えていたら、何かスーッと楽になりました。
体験を通じ、自分の体には凄い能力があるんだ。 自信が湧きました。
これからは自信を持って進んで行こうと決めました。
言い訳、誤魔化しをしない人間になりたいです。