2016年 熊本 第1回 (2016.1.29)

DVDを見て、選手たちが結果を出していく姿に衝撃的な驚き  福岡 製造販売業 59歳 男性 HC

 DVDを見せて頂いてこの様な活動もされてあるんだなあという驚きがありました。あらゆるスポーツ界の選手たちに他の誰もが出来ない指導をされていることに驚きと陰で日本の選手たちを支えられていることに感動しました。
 野球界、水泳界、まだまだ沢山あったのですが、日本のトップクラスの選手たちが何らかの原因でスランプになって宇城先生を頼って来られていました。それに スポーツ界にとどまらずバイオリニストの方にさえもでした。そのスランプの本質を見抜き的確に指導をされてみるみるうちに選手たちが結果を出していくのを見て衝撃的な驚きでした。
 宇城先生が言われる「統一体」になる指導を受けるとその場で変わってしまう事を見せられました。人並みならぬ努力をしてきたトップアスリート、世界の頂点に立つ様な選手たちがです。本当に驚きでした。そして、今のスポーツ界に足りないものを見せつけられた様でした。
 宇城先生がいつも言われている日本人が持っていた大切なものを失ってきたことを思いしらされ、寂しい気持ちになり、しかし先生がその大切なものを教え伝えて行かれる最後の砦のような気がして嬉しいような感動を覚えました。なんか不思議な、日本人に生まれて良かったと思えた事、そして宇城先生という方がいらっしゃる事そして出会えたことを嬉しく誇りに感じます。 ありがとうございました。

 

人の喜ぶことをしていくことが大事、実践していきたい   熊本 会社員 47歳 男性 MN

 宇城先生第1回熊本道塾講義ありがとうございました。
 今回特に学んだことは、この世界、世の中には表と裏があり、表を追究すると、裏が反比例してわからなくなってくる。表とは、目に見える世界であり、例えば科学によってニュートリノなどの物質が存在する。とか・・・残念なことに、こういったことがわかるにつれ、人間力は低下している。いまそれは深刻なまでになっている。と先生は言われました。
 なぜか、一つ一つ分析してしまっては、例えば・・・押す力をつけるためには腕の筋肉を鍛えるとか、だけど、それだったら、先生がやられる、1対10の腕相撲とかは、10の方が勝に決まっているという考えに至ってしまう・・・が先生やられると1が勝ってしまう。これは今の世間一般では想像がつかない。信じられない・・・と今の人はなってしまっている。でも宇城先生がやると、何人だろうが先生が勝ってしまう。
 見える存在と別に見えない世界がある。神の存在がある、先生はエネルギーと言われてらっしゃいます。昔の人も神として崇めていたと思います。 科学が解明されていくと、世の現象は神ではないとその存在を否定してしまう・・・ でも日本人は昔から、自然に崇高の念をもって恐れ、尊敬していました。それが謙虚に生きると言う事だとおもいました。
 
 実証実験では、1人が四つん這いになり、それを押しのけて前に進む実験がありました。 私が指名され、やりましたが動きません。次に先生から気を通してもらい、もう一度やると、相手を倒して前に進めました。先生が気を通すのをやめられてもう一度押しましたが、前に進めませんでした。同じ事を子供やアフリカの子供にさせると、一度気を通したらその後できるようになるとおっしゃいました。

 先生の著書や季刊誌道を読んで、自分では気の存在、潜在意識の存在はわかってると思ってましたが、再現できない、子供、アフリカの人には再現できることは まだ洗脳されている部分があるのかな?と思いまいた。確かに、先生から気を通すのをやめられて、もう一度やったときは、頭でできない前提でやってました。また、できそうな気がわいてなかったです。もっと自信をもって、やらなければいけないと痛感しました。

 それ以外にも縦スクラムを組んで先生が気で引っ張られる実証実験は、本当にエネルギーの凄さを感じました。しかしそれは対立ではなくて、調和と言う事で、できるようになる。 また先生が指一本で、竹刀を床に立てたのを大人二人が引っ張っても動かないのはおどろきましたが、さらにそれを浮かせた状態でも引っ張る事ができなかったのは本当に凄いと思いました。あと、皮膚の下の筋膜が固くなるとそこから腰痛とかになったりするけど、気が通った統一体では、柔らかくなっており、二人組で指で押すとそれがわかりました。さらに触られている人が前に動くと指が離れず、それにつられていき、凄いと思いました。
 統一体の凄さがわかりましたが、そのためには、ごみを拾うとか、困った人がいたら行動に移して助ける。人の喜ぶことをしていくことが大事で、私も実践していきます。また昔の日本人が大切にしてきた、真心を誇りに、また恥ずかしくないように行動していきます。
 今回も貴重な講義ありがとうございました。また次回も楽しみに参加させていただきます。

 

統一体でいる事の大切さやその威力を改めて感じさせられた   
福岡 総合ビルメンテナンス業 36歳 男性 YY

  2016年最初の道塾に参加し、今回も非常に学び多き時間を過ごさせて戴きました。
 宇城先生が、プロのスポーツ選手や格闘家、音楽家をご指導されている映像を拝見させて戴きましたが、一流のプロ選手でも先生のご指導の前と後で、残心を取るのとそうでないのとでは、はたから見ても動きや安定感が変わるのがよく分かりました。それがメダル受賞や優勝といった結果にまで繋がっており、統一体でいる事の大切さやその威力を改めて感じさせられました。
 一方で、スポーツの弊害についても説いていただき、空手や野球も華々しく見える反面、選手のレベルや品格といった個人レベルだけではなく、ビジネス的な要素も多分に見られ、組織的にも限界にきている事を教えて戴きました。特に「戦争の最中にスポーツをする余裕はない」というお言葉には、ハッと気付かされ、大変納得させられるものがありました。
 「トと十の字」の違いについて、普段私たちが分かったような気になっているのは、空間・時間で把握できる点のみで、見える世界と見えない世界まで視野を広げると点と点が空間の中で動きとして繋がる事を説いて戴き、自分の常識の範囲で、部分を強調して物事をを捉え、全体を見れていない事を分かり易く教えて戴きました。 気によって様々な事を私たちに体験させて戴く間も、
「人として成長するには、先ず、今まで積み重ねてきた常識や肩書き、横着な自分というものを捨て去らなければいけない」
「本来出来るはずのものが出来ないという事、それを気によって出来るようになっても、今度はそれを頭で理屈で分析しようとしてしまう事の二重の病気に罹ってしまっている」
「人に優しくある為には同じくらいの厳しさを持ち合わせていなければ嘘になる」
事を説いて戴き、心身ともに本当に多くの事をご指導戴きました。

 熊本道塾に参加させて戴いてから3年目となり、気や統一体による動きを体験させて戴く事で、常識では説明出来ない気の世界に対する疑念や抵抗はなくなってきたと感じておりますが、道塾で宇城先生に教わった事にただ納得し、驚き、感動するだけの現状で終えてしまわずに、そこからどう日常での立ち振る舞いや、人としての成長に繋げていくのか、がこれからの課題だと感じております。3年目となる今年は気を引き締めて参加させて戴きたく存じます。今後ともご指導のほど、よろしくお願い致します。

 

先生の「気」が体験させてくださった今回の感覚は私にとって物凄く大きな体験   
山口 学校臨時職員 30歳 男性 SA

 今年も待ちに待った道塾が始まり、受講日数日前から気持ちがわくわくしていました。宇城先生に何度お会いしても、先生から頂くエネルギーは尽きることなく、むしろどんどん大きく深くなり、大きな感動を与えてくださいます。少しでも自分をより良く成長させていけるよう努力して参りたく思います。今年も何卒、ご指導のほど宜しくお願い申し上げます。  
 はるか数千年前という昔から、人間にとって目に見えない世界の重要性、向き合い方が諭されていることに驚きました。先生が常々仰る、目に見えない未知の95%の世界が私たちを支えてくれていること、そこに物事の本質や無から有を生む創造性のエネルギーが内在していることが、自分には全くなかった視点で詳しく説明がされ、より先生の伝えられていることが頭の中に入ってきました。毎回、先生の講義はレベルが非常に高く、それだけで自分の頭が大きく刺激されます。ただ単に知識として伝達されているのではなく、自分にとっての未知が拓かれていく感覚を覚えました。  
 四つん這いになったペアの方を歩いて倒すという冒頭の検証がありました。普通に自分の膝をつけて押しても全く動きませんでした。しかし、先生がやられると当たり前のように崩され、コロンと転がりました。私にとってはできない自分が当たり前で、出来る先生が凄いという感覚ですが、先生はそれを「皆さんは知識の病気になっている」と表現されていました。頭優先の部分体で常識にマインドコントロールされている状態で生きてきた私たちにとって先生が示される実践や「気」を通して頂いて自分の身体で体験する実践は、どれもが衝撃的です。ですが、それは子どもができるように人間は本来皆できるということを先生は常に仰っていて、道塾で学び続ける意味は自分がいかに部分体で生きているのか、どれほど危機的な状態であるのかを何度も何度も繰り返し気付いていく中で、そこから脱却していくエネルギーを自分の中から引き出していくことなのかなと感じました。いくら頭でごまかしても今の自分は部分体であり、統一体ではありません。それを真正面から受け止めていくことがこれまでできていなかったと講義後に感じた次第です。まずは現実を受け止め、そしてそこから行動をする、エネルギーを引き出していくことが私にとって必要ではないかと思いました。  
 先生が床につけ軽く立てた竹刀の切っ先を持って引っ張るという検証がありました。普通に行えば当たり前に引くことができましたが、先生が「気」を通されると二人がかりでも全く引くことは出来ず、軽く動かしただけで投げられました。最初は「気」が通ったことに気付かず、自分に起こった変化に気付くのに時間が掛かりました。その際自分の身体が錆付いていると感じたのと同時に、頭の意識は引っ張れると思っているのに身体は全く動かない、頭と身体が分かれているような感覚をこれまでより鮮明に感じることができました。身体は事実を感じている・受け止めているのに、頭は未だにそれを受け入れようとしないという、私などが表現するのも大変恐縮なのですが、二つの意識が自分の内面に存在しているように感じました。先生に以前、Fさんの感想文を送っていただいた内容に、皆が連なっている列を先生が気を通されて動かした検証で、Fさんはそれを竜が自分の身体の中を駆け巡ったという表現をされておりました。まさに目に見えないものを鮮明に感じられたことが伝わった表現でした。私はそこまで先生の「気」のエネルギーを感じることができません。しかし、そのように感じられる意識というのは、今回体験させていただいた二つの意識の身体側の方が遥か高いレベルで研ぎ澄まされていると感じることができるのかなと感じました。  
 先生の「気」が体験させてくださった今回の感覚は私にとって物凄く大きな体験でした。「気」は確かに直接見たり、感じたりすることはできず、自分の身体に起こる変化を通してしか気付くことができませんが、自分の身体がより復活してこれば、これまで感じることができなかった先生の「気」をより受け止め、それを日常に活かせるのではないか、自分を変えていけるのではないか、そう思うとまた大きな希望が湧き出て参りました。これからもより少しでもレベルを上げていけるよう精進したく思います。
 この度も先生や塾生の皆様から大きなエネルギー、元気、感動、優しさ、幸せを賜りました。自分の日常でそのエネルギーを、先生が仰った「人が喜ぶことをする」という具体的な行動に落とし込んで少しでも実践して参りたいと思います。この度も本当にありがとうございました。次回の稽古の際も何卒ご指導のほど宜しくお願い申し上げます。