2014年 大阪中上級 第1回 (2014.1.15)

自分の観察をさせていただいた   滋賀 営業 33歳 女性 AF

 今年始めての道塾であり、宇城先生の教え方の変更に気付きました。今までできない自分があり、先生の気でできるようになった自分もありました。しかし、今回の道塾では、ずっとできない自分の観察をさせていただきました。どのような感情、考え、どんな障害があって、できないということを考えさせていただきました。
 相手の手を上から下へ撫でる体験をさせていただきました。その時に気が流れると上下にも関わらず、相手は後ろに下がるはずですが、気が通っていない自分を観察すると、様々なことを気付きました。押そうとしている自分、まわりを見てしまう自分、できない自分にイライラする自分、ムリと思う自分、大きなことをしようとしている自分、褒められたい自分・・・その短い時間の間、色々感情と考えが頭に現れました。
 宇城先生がおっしゃったことは、この感情や考えを見直し、無くすことが大事だと。それがなければ、気が通れるということ。その時に感じたことはやはり「エゴ」だと思います。「エゴ」が気を邪魔し、できない自分になっていると思いました。裏の考えがなくて、子どもを助ける、ごみを拾うなどはエゴが動いていないということですね。その「エゴ」を消すことによって気が流れるようになるのではないかと考えました。しかし、相手の手を触る時に、時間がたてばたつほどエゴが出てしまうのです。それは、宇城先生の早いスピードにつながるのではないかと思います。気はエゴ、考えより早い。先生はその身体のスピード、エゴがない(愛がある)動きを見せてくださっています。相手の手にくっつくように宇城先生が気を通してくださいました。その時に私の力が抜き、奥から何か言葉では言えないことが感じられました。エゴが邪魔しない時に全体が見える、先が見える、行動が早い人になれるのではないかと思いました。これからも常に自分を観察したいものです。ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

人のため行動をすることに理解が深まりました   三重 土地家屋調査士 57歳 男性 TY

 今年初めてのご講義ありがとうございました。今年も道塾に参加させていただき、新たに先生の講義をお聞きすることに喜びを感じ、新しい道塾生の方々の出会いに心躍る気分でした。
 最近はTEDの映像を観させて頂き、脳科学者の奇跡の脳による左脳、右脳の事や、生まれ持っての脳梗塞を抱えている子供が、ミラーニュウロンにより、動作だけではなく、親の心までも伝わっていることを語れれていました。親の心が写っていることはその親にとってすごい発見であり、それがわかってからの子供に対する接し方、考えを変え、なんでも最高とされる本物を見せるという行為に素晴らしいことだと感心しました。
 この二つの映像から、すでに先生が実践されておられることの、科学的証明に繋がりがあるものであり、私たちは権威あるものや、科学者であるものの肩書きに左右される次元の低さを感じます。そして先生の気付く、気付かせるの指導、普遍性があり誰もが出来ることを写し、体験させるなど、TEDの映像どころでないことを私たちは身をもって体験させていただいています。
 だんだん世界が先生を求め先生の教えが急速に広がりだし、既に広がっています。それなのにこんな貴重な体験をしているにも関わらず、何も変化していない自分に歯がゆく情けなく思っていました。そして常識の先に未来はない、のお言葉に常識にとらわれている私は平静をよそっていても不安だらけです。もっと何とかしなければと焦りまた頭で考えてしまい、堂々巡りに終わってしまいます。しかし今日のお話のなかで法然上人の無の境地になれず、悩んでいてもそれでよい、ただひたすら手を合わすだけ、ただやるだけだとのことから、まして私のような凡人が、まだ先生のことを少しわかったつもりぐらいで変われるわれると思うこと自体が、自分本位の都合しかない横着なことであり、おこがましいのかと思いました。本来の修行の在り方を説いていただいたとき、出来るまで苦悩し耐えて耐えて励むのが修行と思っていた常識が常識でなかったことにまた自分勝手な都合を常識と思っていたことに腹をたてながらも、小さい悟りの積み重ねというお言葉を思い起こしました。今自分が出来る範囲で小さな小さなことでも気付いたことに向き合い、直すべきごとは直す、先を見余裕がある行動が出来るよう自分に課題を持ち、実行する。初心のころを忘れていました。自分が変わるためでなく、人のため行動をすることに理解が深まりました。
 今年最初のご講義で初心、基本の深さを知り、また希望に満ちた年となりました。本当にありがとうございました。新たな一年、ご指導よろしくお願い申し上げます。この一年間貴重なご指導を頂ありがとうございました。脳科学者が自ら経験された事をつぶさに観察し、左脳右脳の働きを理論でなく頭の生きることに対し命がけでなければ生きていけない現実を知り、今おかれている自分の環境が如何に甘く危機管理のない自分がいることに気づかされた思いです。
 戦後の教育を受けてきた私は、知識優先の勉強であり、スポーツなども健全な身体、健全な心を養うものとし奨励され時代とともに栄えてきました。高度成長期を迎え、先進国へと変化しつつ戦争、内乱とは無縁ものでした。平和が当たり前のなかで育ち、ひ弱な人間になってしまったと思います。もっと早くこういうことに自分で気づき、本質を知ろうとする勉強が必要であったと思います。
 過去の自分が今ということも教えていただきその付けが今であり、甘い環境でも成り立っていく場所に甘え危機感を持っていなかった自分の甘さ、だらしなさという悪い癖があることを思い知りました。今変化出来ないのは当たり前だと思います。洗脳されていた自分の癖、思い込みの我欲がしみついています。
 先生に具体的に事例を聞きまた実例で示され、我々に出来る自分と出来ない自分を経験させて頂いています。胸と背中をはさみ押さえたときにでる隙間などは私の今ある現状を表しているようでした。そして身体の悪い姿勢と生活は比例するように思います。
 仕事に追われ仕事に集中していましたが、だんだん仕事場や家の中が乱雑になり周りが見えなくなりゆとりがなくなってきました。一つの事に関してはかろうじて出来ているみたいですが、すきだらけでしまりがない生活になっています。この1年で学んだことを実践していたかと自己問答しても頭で考えていたことばかりで身体にしみついていないことがわかります。
 自分にもっと厳しく規律を作り、些細な身の回り事でもきちっと目を向け行動を起こすことがバタバタせずきれいな所作につながると思います。
 合宿で行われた歩くことに対してもいつも前かがみであり人に不快感をあたえています。そしてこの時も後ろが隙だらけであり、心のブレがあり真直ぐでないと感じます。真直ぐな姿勢で歩き行動をしいつもどんな時でもシャキッとすることが心に余裕が生まれると感じました。些細な事でもシャキッとし生活環境を改善し、だらだらしないことが今私に出来る事であり必要と思いました。いつも言われている日常で学ぶことが活かされていませんでした。
 ゴミを拾う、席を譲るなどの自然の所作が出る様、立ち振る舞いの大切さを改めて思い出しました。大切な事を気付きさせて頂き本当に貴重な御指導をして頂いています。心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。心に響きます。
 今年も塾長、道塾の皆さんよろしくお願いいたします。

 

体を通して裏切らない心を作ってくれる   大阪 会社員 45歳 男性 HT

 グローバルなお話の中で、隣国と調和せずにドーナッツ外交の危険性について述べられたときに「近所付き合いせず、遠くの人と仲良くしても、困ったときすぐに助けてくれない」そのとおりで、アメリカはなにを意図しているのか考えれば、中国、韓国と調和していかねばならないのではと思います。
 生死を覚悟できない今の日本人に、先を観る力のないリーダーではこの難局を超えていけるのかと感じます。内面ですることがいかに大切か考えさせられます。
 東京オリンピックが決まったのは喜ばしいですが、「福島の原発問題がまだ解決していないのに、オリンピック優先ではなく、福島の原発問題の方が最優先」で世界は助け合う日本人に注目している。たしかに、福島の復興を優先してから東京オリンピックであろうと思いました。人口の減少推移は興味深く、2050年以降に突入してから「あの時、ああして置けば良かったとか言っても遅い」何が起こるのか塾長には観えているのでしょう。気が付くか解らないかは本人次第で危機感を感じずにはいられない気持ちです。平和ボケした我々には、今何をするべきかを考え行動して行かないと手遅れになる感じを受けました。「社長と副社長では全く違う」と経験した塾長だけに、会社は元より従業員、家族を路頭に迷わせないためには、先を観る力がないと、だめだと思います。
 機先を制する気を今養われているのだと感じ、巨木とゆえど、初めは小さな苗木で、踏む、摘み取ることは簡単ではありますが、ひとたび成長してしまえば、踏むことも、摘み取ることも容易ではない。道塾で学ぶ方々が、リーダーとなり、一人革命を実践すれば、その周りから広がり、調和融合していくことが、大切なのではと思います。権力に屈して生きるのか、正義を貫いて生きるのか問われた時に、弱いと従わねばならない、強ければ従う必要はないが、争うのではなく調和し、「戦わずして勝つ道」を選び、なおかつ相手も生きてくる宇宙の法則に乗っ取り生きるのが、正しい気がします。宇宙の視点、何か正確な法則が塾長にははっきり分かっていて、そのことを我々に解らすことより、気づきを与えているのではないでしょうか。
 実践では、向かい合いになり、一方は一人で、もう一方は5,6人が一列に両肩を支えて立ち両手を合わせ押すときに、気が通ると簡単に5,6人が後ろに下がってしまう。また、両手を合わす前に、手の平の下から指先にスーッと撫でるだけでも後ろに下がってしまう。通常はいくらやっても何にも感じませんが、塾長が気を通すと簡単に後ろに下がる。気の実態は見えませんが、事実として誰もが出来る事象がそこにはあるということを体験させて頂きました。
 塾長が昨年「TED」で出演されたジル・ボルト・テイラー博士のお話の中で、左脳は「自己、我、自分の事」=小さな存在。右脳は「利他、平和」=大きな存在と言われ、右脳は全てのエネルギー体で繋がっている感じで、左脳は個の存在であるような感じである。そう考えれば、細胞に働きかける、地球とつながる、宇宙と一体感、一つ一つでは解らないがそういった点と点が結ばれていくと、塾長がいかに先を観る目お持ちになっているか感じます。ジル・ボルト・テイラー博士との対談が楽しみであります。
 塾長の講義は我々に古い価値観を捨て何が正しいのか体を通して裏切らない心を作って頂いているのが嬉しく思います。やはり、師を持つということは、これほど成長させて頂けることに感謝の気持ちで一杯です。師を持つ前は、自分自身が師であり傲慢で、横着であることが分かりました。若い人たちが早い段階で尊敬出来る師を持つことがどれだけ素晴らしいことかと思います。まずは、自分自身から行動して行きます。
 マザーテレサの「愛とは言葉ではなく行動である」が心に響きます。
 今年も塾長、道塾の皆さんよろしくお願いいたします。

 

気づき、情熱を持ち行動することで変われる   兵庫 地方公務員 44歳 男性 HY

 平成26年第1回の講習ありがとうございました。本年もよろしくお願いします。
 「ただひらすらに」という言葉が印象に残りました。できるできないではなく、ただひたすらに。ただし、我を出さずにということでした。同じこと、同じ言葉の繰り返しでもその意味や深さが変わっていかなければならない。
 毎回、自分の中の気や心を先生に見ていただけるように心がけていますが、一層意識するようになりました。まだまだ怠惰な自分が表に出てきてしまうので、常に怠りなくしていかなくてはいけないと感じてます。

 今、侍の生き方を勉強するため、葉隠を読み始めていますが、入門書の段階ですが、先生がお話されていることがそのまま感じることができます。
 葉隠での人の情熱、エネルギーについて、先生のエントロピー増大の法則との話が重なりました。まさかエントロピー増大の法則が人間の行動にも当てはまるとは思ってもいませんでしたが、人もエントロピーが増大すると元には戻らない。戻すにはとてつもないエネルギーが必要となる。しかし、人の場合は気によって瞬間に変わることができる。気づき、情熱を持ち行動することで変われることを感じました。葉隠にも、行動は盛んなる情熱、エネルギーで突き抜けていくものが本物で、その行動が自然と忠、孝にかなうようになるものが武士道である。とあったと思います。気の実践の時、先生は思ったらなるとおっしゃいました。
 欲や煩悩などない、ただ純粋な心の向う方向へと影響を及ぼすことが可能になるのかなと思いました。その境地を目指して、ただひたすらに行っていかなければ講義に参加している意味がなくなると思います。

 それから、上級は、師を写すということでした。これまで以上に師の姿・心を自分の鏡に映す行動をとっていかなければならない。毎回の講義を見取り稽古として、真剣に取り組んでいかなければならない。また、いつも世界の中の日本についてもお話いただきますが、自分の少ない知識だけで世界、日本を見ていることを思い知らされます。統一体で見るとそうなるのかと自分の今の位置を知ることができます。もっと深く感じることができないと、何がおかしいかすら気づくことができないままになってしまう。自分の中に軸と鏡をつくり、軸はぶれないよう、鏡からは我をとる努力をひたすらに行い、少しでもすんだ鏡とし、その鏡に映っている師の姿を感じ取ることができるよう、ただひたすらに打ち込んでいきます。これは正法眼蔵にありましたが、悟りとはこの世界、全宇宙がすでに悟りの世界である。その悟りの世界の中で生きているのだから、悟ろうとするのではなく、あらゆることが悟りであると実感すればよい。悟るとは全宇宙と一体になることである。とあったと思います。
 この講義の場は、まさに、先生を通じて宇宙と一体する経験をさせていただいていると感じました。これほど貴重な経験に恥じない生き方をしていかなければと思います。そのためにも、自分が変わらないとその波紋が起きず、広がっていかない。常にエネルギーを起こし、行動を起こさないといけない。
日常でも、妻や子供、同僚に変化が伝わっていかないことを恥ずかしく思います。日常生活の中で、ただひたすらに打ち込む姿を示していきたい。
 子供たちと剣道をするときにも、自分ができないのに、それ以上のことを教えることはできない。当たり前のことですが、地元の道場では、自分が先頭なので、先頭が止まっていては列車は走ることができない、子供たちもそこにとどまってしまう。あらためて大人の責任の大きさを感じます。自分以上のことは、素直に新しい列車に乗り継いでもらうことができるように器だけでも大きくしておかなくてはと思います。
 そのためにも、私にとっての師匠をしっかりと見つめ、姿・心といった生きざまを写して、自分に移していく努力をただひたすらにしていきます。上級のテーマを忘れずに取り組んでまいりますので、今年1年もよろしくお願いします。