213号 (2022夏)


テーマ 「自然の営みにゆだねて生きる」

 

新しい命が自然の営みにゆだねられ
守られ、生かされる。

生まれながらの「調和の力」が失われることなく育まれれば、
そこに対立や衝突は生まれない。

それがお天道さまの力であり、私たち一人ひとりに与えられたちから。

本来のちからに気づき、ひたすらに行動している方々の思いが
1冊となりました。

 

2022年7月20日発売

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読者の声

  巻頭対談

子どもが示す調和の力
赤ちゃんが教える命のつながり

医学博士・池川クリニック院長 池川 明

VS UK実践塾代表 宇城 憲治

 

道213号 池川明・宇城憲治  道213号 池川明・宇城憲治

命を授かったということは奇跡みたいなもの。
お父さんお母さんが一緒になったから
妊娠するという単純なものではなくて、
すごい命のやり取りの中で最後に命を吹き込まないといけない。
これが多分、エネルギーだと思うのです。

生まれる前や胎内にいる時から記憶があるという「胎内記憶」の研究で知られる池川明先生は、赤ちゃんはしゃべれなくても、目や口や体温でお腹にいる時から、すでにいろいろなことを表現していると言う。その赤ちゃんの声に大人が気づいてあげることがいいお産、そして両親の幸せにつながっていくのだと。

一方、子どもが生まれながらに持つ潜在力を目に見える形で示している宇城氏。

両氏のお話は、子どもの真の成長の邪魔をせず、そのまま育んでいくために、今、大人が何に気づきどう行動しなければならないかを、多々示唆するものとなった。

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科学は実学に活かせてこそ

池川 宇城先生の記事は『道』で毎回読ませていただいています。

宇城 ありがとうございます。池川先生の胎内記憶の世界は目に見えない世界ですが、私も気という目に見えないエネルギーの世界を展開しているものですから、今日はぴったりな話になるのではと楽しみにしてきました。しかし科学では最先端にあるはずの研究が、この目に見えない世界を「非科学」としているのは残念なことですね。

池川 見えない世界を排除した形で科学が成り立っているので、仕方ないところがありますよね。先日高野山大学の教授と話をしましたら、経典を一文字ずつ解釈していると。宗教の世界でさえ全体を見失っているのではないかと言っていました。
要素還元論で人間の臓器を全部ばらばらにして元に戻すと言っても、元の人間にはなりませんよね。目に見えない世界を見える世界で考えるのはなかなかむずかしいところがありますね。しかし見えない人には見える形にしたほうが分かりやすいですが、ここがなかなかむずかしい。

宇城 そうですね。そこで私はその見えないものを見える形にする、すなわち、具体的に今の常識にないようなことを体験してもらうことで気づいてもらっています。
科学ではよく「鶏が先か、卵が先か」という議論がありますが、科学では答えは出せません。しかし現実には鶏と卵、ふたつとも存在する。そういう中で私の答えは「鶏が先」で、それは卵を温めるのも親、雛が生まれたらエサを与えるのも親ですから。私はそのように物事を現実的に捉えるようにしています。しかし科学は「なぜ、なぜ」と常に答えを求めようとする。

池川 科学では人生は語れませんよね。

宇城 そうだと思います。ですから何のために科学があるのか、そういう問いを持つことは大切だと思います。

池川 そうですよね。胎内記憶ですが、「胎内記憶という現象がない」という人はいますが、実は否定できないくらいのたくさんの人が胎内記憶について証言しており、あるのは間違いないのです。しかし科学としては分からないことが起きているとしたら、その共通性を見つけることが科学の役割ではないかと思うので、そういう意味では、まだそこまでいっていません。
ただ私の場合は、実学に活かしていきたいという思いがあり、子どもがお母さんのお腹にいる時から、生まれて2歳くらいまでが大事な時期だとすると、科学の証明を待っていたら間に合わないところがあります。
お母さんたちは科学で生きているわけではありませんし、自分の感覚、感性をより豊かにして生きていくことができれば、また違った人生になるのではないかと思っています。ですからどちらかというと左脳ではなく右脳的な使い方が大事ではないかと考えています。
先生にお聞きしたかったのですが、エネルギーを使われる時、おそらく左脳は使われていないと思うのですが、いかがですか。

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●プロフィール

◎ いけがわ あきら
1954年、東京都生まれ。帝京大学医学部卒・同大大学院修了。医学博士。上尾中央総合病院産婦人科部長を経て、89年、神奈川県横浜市に池川クリニックを開設。「出生前・周産期心理学協会(APPPAH The Association for Prenatal and Perinatal Psychology and Health)」の日本におけるアドバイザー。
胎内記憶・誕生記憶について研究を進める産婦人科医として各地で講演活動も展開。2016年映画「かみさまとのやくそく ~あなたは親を選んで生まれてきた~」に出演。
著書に、『ママのおなかをえらんできたよ』『おぼえているよ。ママのおなかにいたときのこと』(以上、リヨン社刊・日本版/英語版)『おなかの中から始める子育て』(サンマーク出版)『妊娠と出産』(成美堂出版)『生まれる前からの子育て』(学陽書房)等がある。


◎ うしろ けんじ
1949年、宮崎県生まれ。
エレクトロニクス分野の技術者、経営者として活躍する一方で武道修行を積み、文武両道の生き様と、武術の究極「気」による指導で、人々に潜在能力を気づかせる活動を展開中。「気」によって体験する不可能が可能となる体験は、目に見えないものを信じられない人にも気づきを与えるとともに、人間本来の自信と謙虚さを取り戻すきっかけとなっている。
空手塾、道塾、教師塾、野球塾、企業・学校講演などで「気づく・気づかせる」指導を展開中。
㈱UK実践塾 代表取締役
創心館空手道 範士九段
全剣連居合道 教士七段
宇城塾総本部道場 創心館館長

  ロングインタビュー

カメラで見つめた人間の素顔
― 言葉を超えて伝える世界 

フォトジャーナリスト 長倉 洋海

道213号 長倉洋海 道213号 長倉洋海 道213号 長倉洋海

そこで彼の人生と、僕の写真を撮る人生と、
私たちが生きている時代が交差して、
それが「一つの写真」という形になった。

人生と人生、人生と時代が交差した結果が
僕の写真となった。

彼が亡くなって20年が経ちますが、
写真としてここにあるということが
僕にとっては大事なことなのです。

通信社勤務を経て、コソボやアフガニスタンやエルサルバドルなど、世界の紛争地や内戦地をめぐりフリージャーナリストとして幅広く取材活動を展開する長倉洋海氏。目の前の事実をただ伝えるのではなく、そこで暮らす人々を見つめ深く関わることで、その素顔を通し、見る人の心に言葉だけではない思いを届けてきた。 

長倉氏は、アフガニスタンの戦士マスードを17年間密着して追い続けたジャーナリストとしても知られる。なぜ一人の指導者を見つめ続けてきたのか、そこから見えてきたものとは何か、写真にかける思いとともに伺った。

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人間マスードに魅せられて

―― 長倉さんは司令官マスードを17年間追ってこられましたが、最初から長いスパンでマスードを追っていこうと思われていたのでしょうか。

長倉 思っていませんでした。一回一回が勝負だから、最初は一回で全部を撮りたいと思って行ったのです。でも撮り切れない。やはりマスードの存在感が僕の中で心に残っていて、他の取材に行っても、彼のことが忘れられなかった。何年か経つとまた会いに行きたくなる。本は閉じれば終わるけど、彼の物語は続いていた。マスードは人間的に魅力的な人だから、何度も会いたくなりました。

「よくそういうところ(紛争地)へ行きましたね」と言われますが、つくづく思うのは、マスードと一緒にいると戦争をやっている国にいるという気持ちにならないのです。穏やかで温かい空気というか、彼の周りの人がゆったりした顔をしている。それはマスードが権力を維持するのを目的としていなかったからです。

マスードの周りでは刺々しい空気にならない。みんな「マスードと話ができて良かった」と、嬉しい気持ちになる。彼がちょっとでもその人のほうを向いて話してくれるのがすごく嬉しいんだなあと感じました。僕もそうでした。マスードは稀有な人材でした。あれだけイスラムの理想を体現する人はいないと思います。老人を大切にとか、みんなの声を聞くとか、私利私欲に走らないとか。それは自分に確たるものがないとできない。彼は自分で自分を律することができた人です。だから「イスラムの精神を体現しているマスードが言うならば」と共に行動するのです。

マスードは自分が撃たれて怪我をした時、みんなが逃げても、彼は最後まで戦って敵を打ち負かしました。その後、傷が少し良くなると杖をつきながら、みんなの家を訪ね、「僕は最後まで戦って敵を打ち負かすことができたよ」と言って、「また一緒にやろう」と。「お前は逃げたから駄目だ」とか、「罰を与える」とかは絶対に言わない。戦いに疲れて外国に行きたいという人もいましたが、彼はそれでも地域を出る許可書にサインしていました。同じ人間として接するばかりか、それぞれの苦悩に寄り添うことができる人物でした。彼の与えられた個性が素晴らしいというよりは、それまで彼は何度も失敗し、苦労を重ねながら人に優しくできるようになったと思います。いつも自分に問いかけ、彼自身の中に宿る神と対話していたと思うのです。

ですから、そんな彼をサウジとかドバイなどの中東のお金持ちの政治家や王族が一番恐れていたのではないでしょうか。イスラム教では王も物乞いも全ての人が平等で、礼拝の場では横一線、同じ環境で祈ります。が、王政国家の現実は全くそれに反した存在です。本来のイスラムではないからこそ、お金を出して立派な建物を作って人々にアピールする。やましいことがあり、それを隠そうとしているのです。しかし、マスードは権力や地位を誇るのはなく、誰とでも平等に付き合おうとした。大勢のイスラム教徒がいますが、彼は突き抜けた存在、稀有な指導者で、地域の人々の誇りでした。

彼の透明感のある、爽やかな笑顔には、彼の人間性が宿っていると思います。そんなマスードを見ていると、いいなぁ、一緒にいたいなあと多くの人が思ったはずです。彼のようにはなれないけれど、せめて彼の手助けをしたいと付き従ったのです。

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●プロフィール

◎ ながくら ひろみ
1952年、北海道釧路市生まれ。大学時代は探検部に所属。通信社勤務を経て、1980年にフリーの写真家になり、世界の紛争地を取材。アフガニスタンの抵抗指導者マスードやエルサルバドル難民キャンプの少女へスースを幾年にもわたり撮影し続ける。写真集に『地を駆ける』(平凡社)、『フォトジャーナリスト長倉洋海の眼』(クレヴィス)など。著書に『私のフォト・ジャーナリズム 戦争から人間へ』(平凡社新書)、『ヘスースとフランシスコ エル・サルバドル内戦を生きぬいて』(福音館書店)『アフガニスタン ぼくと山の学校』(かもがわ出版)など。

  ロングインタビュー

農と歌を原点に
命をつなぐ里山の暮らし

半農半歌手 Yae

 

道213号 Yae 道213号 Yae 道213号 Yae

お天道さまがあれば外で農作業をし、雨が降れば家で作曲する。
子供たちの送り迎えをしながら、
食べ物はお米さえ炊いておけば生きていける。
ここではそういう安心感があります。

「こうしなければならない」という
固定観念を持たずに生きていけるということを、
ここで生活してみて実感しました。

歌手の加藤登紀子さんと、学生運動のリーダーで、のちに持続型有機農法を提唱し千葉に「鴨川自然王国」をつくった藤本敏夫さんをご両親にもつYaeさん。3人のお子さんの母でもあるYaeさんは、この自然王国で、日々農的暮らしを実践しながら、歌手活動を展開している。

お米や野菜などの食べ物は自給し、水は山の湧き水、燃料は山からの薪でまかなう。狩猟免許を持ち、自らイノシシを狩る。自然のめぐみに生かされながらの王国の暮らしの中に、様々な人が一つになれる場所を、歌を紡ぐことで作っていきたいと語るYaeさんにお話を聞いた。

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あこがれだった田舎暮らし

―― 今、Yaeさんは歌手としての音楽活動をしながら、農業や自然保護もするなど、ユニークな活躍をしておられます。今に至るお話を聞かせていただけたらと思います。

Yae 今私は「半農半歌手」というように名乗っていますが、昔から日本には農業をやりながら漁にも出て生計を立てる「半農半漁」という言葉自体はあったのです。それを京都の塩見直樹さんという作家が「半農半X」と表現しました。そのXは、それぞれの人が自分の能力を生かせる仕事や、現金収入を得られる仕事などを組み合わせるという新しい生き方スタイルです。

ある種、土と共に生きる暮らし方。うちの父も「国民皆農」といって農的な暮らし、つまり暮らしが土に近いところにあれば、それほどたくさん稼がなくてもいいだろうという考えを持っていました。

食はもちろんですが、病気や怪我をしたら、野草で湿布をしたり、「これ飲みなさい」というものがある。「土」があればそういったものに気づいていける。そういう文化を繋いでいくということを、父がずっと言い続けていたことは、小さい頃から知っていました。ですが私は東京で生まれ、渋谷のマンションに暮らしていましたので、小さい頃は、田んぼに触れたことすらありませんでした。

ただ、私が暮らしていた地域には新宿御苑や明治神宮があって緑は多く、自然が身近にある感じはありました。小学1年の頃に飼っていたハムスターが死んで、お墓を作らなくてはと思い、新宿御苑に行って穴を掘っていたら、警備員が飛んできて、「掘っちゃだめだ。捕まるぞ」と。その時何かすごいショックを受けたのです。生命あるものは土から生まれて土に還るのに、還る場所がないんだと。

それからしばらくして父が「田舎が欲しいか」と聞いてきたのです。私は田舎にすごく憧れがあって、川で冷やしたキュウリを食べるみたいなことをやってみたいと思っていて、すぐに「欲しい!」と答えたのです。それで連れて来てくれたのがこの里山でした。それが小学校5年生ぐらいだったと思います。

当時のことをよく覚えていますが、犬を放し飼いにして一緒に走り回って遊んだり、網をひと振りすると赤とんぼが10匹ぐらい捕まえられた。ものすごく楽しくて、「こっちに住みたい!」と言うと、父も母もじゃあこっちで暮らすか、となったのですが、母は仕事があるので住むことはできず、結局ここを自宅として、都市との2拠点という形になりました。父は週末だけこちらに来て農作業をしたり、仲間と棚田を保全する活動をしていました。

私はここで遊ぶことが楽しくて、地元のおばあちゃんたちからも「やえちゃん」「やえちゃん」と呼ばれ、地元の子のように遊んでいました。でも中学生くらいになると、東京の中学の友達と遊ぶことが多くなり、お正月以外はあまり来なくなりました。

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●プロフィール

◎ Yae
本名 藤本八恵、東京生まれ。
歌手の加藤登紀子さんと、学生運動のリーダーで、千葉・鴨川の「鴨川自然王国」を作った父藤本敏夫さんの次女。
ポニーキャニオンからデビュー。CMソングやディズニー映画「くまのプーさん」の主題歌を歌唱。代表曲「名も知らぬ花のように」は東北大震災応援メッセージソングとして起用される。吉岡敏郎監督映画「つむぐ」に出演。
現在は、3児の母として、家族とともに「鴨川自然王国」で、農を取り入れたスローライフを送り、ラジオのパーソナリティも務めながら全国でライブ活動を行なっている。

  連 載

◆健康回復学研究所所長 工藤清敏
連載『塩から社会を見てみれば』

「塩の成分は、作る人の思いと自然エネルギー」

怪我と病気をきっかけに、ミネラルバランスにすぐれた塩を摂る大切さを知り実践してきた工藤清敏さん。長年にわたる塩の研究と実績を土台に、自然治癒力の要が塩にあることを全国に伝え歩いている。
減塩が当たり前になっている今、人と塩の関係から見えてくる、さまざまな社会の矛盾や課題を見つめていきます。

◎ くどう きよとし
精神免疫学をページ・ベイリー博士に学び、心と体に最も優しい治療法を探求。生き方、考え方、言葉と塩と植物で生活習慣病が回復していくことを伝えている。

◆ゆめの森こども園代表 前島由美
連載『愛の関わりと連携で、輝きを取り戻す子どもたち』

「内面に育つ力を見極め、引き出す」

療育支援施設「ゆめの森こども園」で、生き辛さを抱えている子どもたちに向き合う前島由美さん。愛情いっぱいの関わりと、親御さんや学校・地域と丁寧に連携によって本来の輝きを取り戻していく子どもたちの実例を紹介していきます。

◎ まえじま ゆみ
療育支援施設ゆめの森こども園を開き「発達障害」とされる子どもたちをサポート。子どもの食環境改革を目指す。

道213号 安藤誠

 

◆写真家・ネイチャーガイド 安藤誠
連載『日常の奇跡』

「新緑の頃」

ネイチャーガイドとして自然と向き合う安藤氏。
目に見えないものを見、声なき声を聞くプロフェッショナルとして、私たちが見過ごしている「日常の奇跡」を、一瞬を切り取った写真とともに届けます。

◎ あんどう まこと
写真家/ウィルダネスロッジ・ヒッコリーウィンドオーナー&ガイド
北海道アウトドアマスターガイド。

 

◆一般社団法人ハニーファーム代表 船橋康貴
連載『ミツバチが教えてくれること』

「私はあなた、あなたは私」

ミツバチ絶滅の危機は人類滅亡の危機
私たちが生きていくための環境維持に欠かせないミツバチの存在を伝え、守ろうと東奔西走する船橋氏。
その活動の「今」を伝える。

◎ ふなはし やすき
養蜂家・環境活動家。
世界中で激減しているミツバチを守るために、環境のプロとして、ミツバチを使った「ハチ育」や町おこしなどを行なっている。

 

◆銀河浴写真家 佐々木隆
連載『私たちは銀河のなかに生きている』

「宇宙からの視点に立つ」

生かされていることに気づけば、人生はもっと豊かになる。
銀河を舞台に生命の息吹を写しとる、佐々木隆氏の銀河浴写真。

◎ ささき たかし
銀河浴写真家。銀河と地球を一体化させた写真で新聞掲載多数、数々の賞を受賞。元公立高校教諭。

道213号 野村哲也

 

◆写真家 野村哲也
連載『地球を歩く ~知られざる絶景を求めて~』

「屋久島からの愛」

世界に飛び出し旅するからこそ見える、日本のこと、自分自身のこと。
秘境と絶景を求めて 150ヵ国以上を旅してきた写真家 野村哲也氏の連載。

◎ のむら てつや
写真家/高校時代から山岳地帯や野生動物を撮り始め、〝地球の息吹き〟をテーマに、アラスカ、アンデス、南極などの辺境地に被写体を求める。渡航先は150ヵ国以上で著書は14作。

 

◆作家 山元加津子
連載『ありのままの私たち』

「みんなでやろう『楽しくできちゃった』体験」

人と違っていても、障がいがあっても、人はみな素晴らしい力を持っている。
植物も動物も人間も、みんなでひとつの命を一緒に生きている――。
長く特別支援学校で子供たちと接してきた山元加津子さんが伝える、生きる上で大切なこと。

◎ やまもと かつこ
長年、特別支援学校の教員を務める。作家。植物状態と思われる人も回復する方法があり、思いを伝える方法があることを広める「白雪姫プロジェクト」を推進中。古民家を中心とした「モナの森」で、生きる力を強くするための活動を行なう。

 

◆書家 金澤泰子
連載『きょうも、いい日』

「ゆっくりと獲得する翔子の生きる力」

ダウン症の書家として活躍し、また生活面でも独り立ちをはじめた娘、翔子さん。その成長の日々を、母金澤泰子氏が綴ります。
母娘の絆に、胸が熱くなります。

◎ かなざわ やすこ
書家。久が原書道教室主宰。
一人娘、翔子さんをダウン症児として授かり苦悩の日々を送るが、その苦しみを越えて、翔子さんを立派な書家として育て上げた。

 

◆茨城ダルク代表 岩井喜代仁
連載『今日一日を生きる』

「女性施設長 成長の軌跡 ― ダルク女性シェルター」

薬物依存者が社会復帰を目指すリハビリ施設として、薬物依存回復の確立した方法論を持つダルク。
自ら薬物依存症の道を歩みながら、今は仲間の回復のために茨城ダルク代表を務め、各施設責任者を育てる岩井喜代仁さん。
仲間に励まされ、支えられ、許され、受け止められながら、施設長として独り立ちしていく姿は毎回感動です。
ともに苦しむ仲間の絆があるからこそ、人は前に進むことができるのだと教えてくれます。

◎ いわい きよひろ
薬物依存回復施設 茨城ダルク「今日一日ハウス」代表 女性シェルター代表
自身が薬物依存症となり、苦しみ抜いた末にダルクと出合う。以来、救う側へと生まれ変わり、薬物依存に苦しむ子供たちを預かり、共に生きて回復を目指す。

道213号 宇城憲治

 

◆UK実践塾代表  宇城憲治
連載『気づく気づかせる』

「『気』は、今にない時空を生み出し人間の潜在力を引き出す」

最先端のエレクトロニクス技術者として、さらには企業のトップとして活躍してきた宇城憲治氏は、現在徹底した文武両道の生き様と、武術を通して得た「気」によって、人間の潜在能力の開発とその指導に専念。
現在、氏は目に見えないものを目に見える形にするために、「普遍性、再現性、客観性」の実践検証をもって「目に見えないもの」の存在を解き明かす研究を先行させている。

◎ うしろ けんじ
㈱UK実践塾 代表取締役 エレクトロニクス分野の技術者、経営者として活躍すう一方で、武術の究極「気」の指導で人々に潜在能力を気づかせる活動を展開中。
創心館空手道 範士九段。全剣連居合道教士七段。宇城塾総本部道場 創心館館長

◆編集部コラム 『心の奥の取材ノート』

「小児科医 真弓定夫先生のこと」

交わした言葉、ちょっとした仕草、振る舞い ――
今もありありと思い出す、取材で出会った人たちの思い出を綴ります。

  編集後記

巻頭対談に登場いただいた池川明先生は、言葉にならない赤ちゃんの思いをまるで赤ちゃんに代わって伝えるかのようにお話しくださいます。それはこれまで実に多くのお母さんと赤ちゃんを見つめ続けてこられたからこそ。「産む、生まれる」そのずっとずっと以前から、命のやりとりがあることを教えていただきました。だからこそ宇城先生がおっしゃる、教育とは、羽で包みこむ、「教え育む」。それがより実感されるのでした。
長倉さんが送ってくださったマスードの写真集。マスードのことを何も知らなくても、彼がどれだけ気高く生き、人々に愛されてきたかが伝わってきました。長倉さんはなぜ彼を撮りたかったのだろう。何が原動力になったのだろう。その「知りたい」が取材の原動力になりました。
Yaeさんの自然王国は圧巻でした。バス停に迎えにきていただきお話を伺いながら車で走ること30分、カーナビだとほぼ迷子になるという複雑な山道をどんどん奥へ奥へと突き進むと、次第に棚田が目に飛び込んできて、やがて辿りついたのが、水も食料も燃料もすべてが自給という、まさに自然の中の「王国」。カフェに併設されたお父様の記念館には、何千という蔵書や著書が所せまし並べられていました。「思いを継ぐ」が形になっているのを感じました。

(木村郁子)

Yaeさんのデビューアルバム『new Aeon』はお気に入りの一枚でした。吹いてくる風を肌で受ける感覚や、思わず深呼吸したくなる風景が歌から立ちのぼってきます。こんなことがあるんだなぁと思っていました。まさかお会いできるとは思っていませんでしたが、今回Yaeさんの原点を垣間見ることができ、20年前の疑問が解消しました。自然からのいただきものを自分たちの力でまかなって生きる。自給は都市部では難しいですが、買うもの、使うものを選んだり、出すもの(排水、ごみ)のことを気遣うことは続けていこう!と思いました。
長倉洋海さんに初めてお会いしたのは湘南あたりで開催された講演会でした。スクリーンに映し出される3・11後の子どもたちと、世界中の子どもたちの写真。その表情から、長倉さんとの距離は近く、壁がないことがわかりました。そして届いた大型写真集『マスード』(事前予約、完売)。常に戦闘と隣り合わせにあって、くつろぐ様子や思案を巡らす姿を、なぜ撮ることができたのだろう? 長倉さんの撮影姿勢が、そもそも「あなたを知りたい」というところにあったのですね。
池川明先生と宇城先生の対談は、池川先生がおっしゃるように、妊婦さん、子育てするすべての人が知っていたら!ということがたくさん語られました。ぜひ広く、おすすめください!

(千葉由利枝)

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