206号 (2020秋)

テーマ 「内なるエネルギーを生き抜く力に」


2020年10月20日発売

 

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読者の声 

  巻頭対談

宇城憲治巻頭対談【特別編】 内なるエネルギーを生き抜く力に

 

美輪明宏 歌手・俳優

金 昴先 韓国伝統舞踊 人間国宝継承者 「大日寺」住職

佐藤芳之 ケニア・ナッツカンパニー創業者

菅原文太 映画俳優

 

 

道206号 巻頭対談


将来への不安、疑心暗鬼、ぶれる心、踏み出せない一歩。
コロナ禍で時間が止まったかのような日本に、今こそ伝えたいメッセージがある。
それは自らの内なるエネルギーを生き抜く原動力にしている方々の思いだ。
本特別編では、これまで行なってきた対談から4対談を選び、ダイジェスト版にして
そのエッセンスを凝縮してお届けする。

●プロフィール

◎ みわ あきひろ
1935年長崎市生まれ。16歳でプロ歌手としてデビュー。シャンソンを中心にタンゴ・ラテン・ジャズを歌い、「メケメケ」「ヨイトマケの唄」が大ヒット。現在、演劇、コンサート、映画、TV、ラジオ、講演、執筆活動などの分野で活躍。長崎での被爆体験や波乱万丈な体験からくる人生を語る言葉は、多くの人を勇気づけている。

◎ キム ミョウソン
韓国伝統舞踊家。「大日寺」住職。
1957年韓国生まれ。1996年徳島で舞踊公演した際に大日寺住職大栗弘栄氏と出会い結婚、徳島へ。2007年4月に夫が急死したため、その跡を継いで翌年、四国八十八ヶ所で初の外国籍の住職となった。2005年人間国宝後継者に指名される。2011年、大韓民国文化勲章受章

◎ さとう よしゆき
1939年宮城県生まれ。1966年から5年間、ケニアで日系繊維企業に勤務。31歳で退職し、いったん妻子を連れて日本に帰国するが、32歳で単身ケニアに戻り、鉛筆工場、製材工場などビジネスを立ち上げ、1974年、ケニア・ナッツ・カンパニーを起業し世界五大のマカダミアナッツカンパニーに成長させる。2008年に同社をタダ同然に現地パートナーに譲渡し、微生物を活用した公衆衛生、肥料事業をケニア、ルワンダで展開、現在に至る。

◎ すがわら ぶんた
1933年宮城県仙台生まれ。映画俳優。
主演映画『仁義なき戦い』や『トラック野郎』が大ヒットし、映画界を代表する大スターに。
2009年 株式会社竜土自然農園を設立し、山梨県で無農薬・有機野菜の栽培に取り組むなど、積極的に社会問題に対し発言している。2014年11月28日逝去。
著書に、対談集『ほとんど人力』(小学館)。

◎ うしろ けんじ
1949年、宮崎県生まれ。エレクトロニクス分野の技術者、経営者として活躍する一方で武道修行を積み、文武両道の生き様と、武術の究極「気」による指導で、人々に潜在能力を気づかせる活動を展開中。「気」によって体験する不可能が可能となる体験は、目に見えないものを信じられない人にも気づきを与えるとともに、人間本来の自信と謙虚さを取り戻すきっかけとなっている。
空手塾、道塾、教師塾、野球塾、企業・学校講演などで「気づく・気づかせる」指導を展開中。
㈱UK実践塾 代表取締役
創心館空手道 範士九段
全剣連居合道 教士七段
宇城塾総本部道場 創心館館長

  ロングインタビュー

義足に夢をのせて 夫ガテラとルワンダに生きる

義肢装具士  ルダシングワ真美

  



施設を壊されて、
また一からやらなければいけないとなった時に、
費用のことを考えると不安になるわけです。
でも、時間はかかるかもしれないですが
「できるだろうな」というのはあるのです。
動いていれば、何かしら形にはなるんだろうな、と。

民族間の対立から大虐殺が起こったルワンダで、手足を奪われた人たちのために20年以上義足を作り続けている日本人義肢装具士がいる。
ルダシングワ真美さんだ。
障害者として育ち、数々の民族対立で死と隣り合わせの中を生き延びてきた夫ガテラ・ルダシングワ氏との出会いが、OLの経験しかなかった真美さんに、義肢装具士として技術習得の修業に向かわせたという。
97年に夫婦で設立したルワンダの工房で、これまで1万人以上の人に義足や義手を無償で提供してきた。
しかし今年2月、周辺が洪水で浸水する危険があるとの理由で、ルワンダ政府によりすべての施設が強制撤去された。
今回の真美さんの来日は、一からの出発のための資金集めが主な目的だったが、コロナ禍で予定されていた講演がほとんど中止。しかし真美さんは、めげず、くじけず、前向きで、明るかった。真美さんの活動の原動力を聞いた。

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真美 今でさえルワンダ人は、「自分はルワンダ人」と言いますが、当時それはなかなか言えることではありませんでした。彼の場合、すべてをポジティブな方向へ進めようとします。多分、彼が歩んできた人生から学んだことなんだろうなと思います。

ルワンダのような貧しい国においては障害者が物乞いをしていてもおかしくない状況がいくらでもあるのですが、足に障害がある彼は、そうならなかった。それは、持って生まれた性質もあると思いますが、子供の時に育った施設が彼に大きな影響を与えたようです。

ガテラ一家はツチ族で、子供の頃、家族は身の危険を感じて隣国ブルンジに逃げたのですが、足に障害があり自分で歩くことがままならないガテラは置き去りにされてしまい、障害者施設で育てられたのです。

その施設はベルギーの神父さんが開いた障害者のための施設で、彼はその施設に来た子供の第2号でした。神父さんに一緒に遊んでもらったり、すごくかわいがってもらったそうです。

施設の母体がカトリックということもありましたが、この神父さんが彼にいろんなことを教えてくれたと。彼が「ありがとう」と言おうとしたら、その神父さんが「私に言うことはないんだ。そのありがとうという気持ちを他の人に向ければいい」と教えてくれたそうです。実際彼は今、生き方でそれを実践しています。

ベルギーといえばルワンダにひどいことをした人たちですが、その中で自分が直接関わったベルギーの神父さんを、「ベルギー」というひとくくりで見てしまわないで、一人の人間として、その言葉を受け取ったというのがやっぱり大事だったのかなと思います。

虐殺の危機も経験し、いろんな障害がある中で、彼はよく曲がらなかったなと、正直私も思います。
自分はこうするのだという、絶対的な自信というのを持っていて、それが決して揺るがないのがすごいなと思います。

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●プロフィール

◎ ルダシングワ  マミ
1963年神奈川県生まれ。89年にケニア留学。
92年から5年間平井義肢製作所で修業し義肢装具士となり、97年にルワンダでNGO「ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクト」を開設。2000年のシドニーパラリンピックにルワンダ初の選手団として参加。07年隣国ブルンジでも義肢製作を始める。13年シチズンオブザイヤー賞、17年外務大臣表彰、18年読売国際協力賞を受賞。

  ロングインタビュー

ありのままを受け止めて 大好きなキミを輝かせたい

栄光学園 数学教員/「いもいも」塾主宰  井本陽久

道206号 井本陽久 道206号 井本陽久 道206号 井本陽久



子どもたちは本当は失敗なんて何とも思っていない。
はいはいから歩けるようになるのだって、
そこに至るまでに試行錯誤がある。
子どもにとって「生きる=試行錯誤」なんですよ。
大切なのは失敗すること。
そしてそれが自分のやり方でやっての
失敗であるということです。

イモニイこと井本陽久さんは、現在に至るまで栄光学園数学教師として活躍。母や障害を持った兄の影響で、「世の中の価値観がすべてではない」という考えのもと、どんな子も、その子のありのままを受け止め、否定しなければ子どもは輝くという信念を貫いている。
答えを求めず、自分で考え、試行錯誤することを促す。
教科書を使わず、宿題もない。
そんなイモニイの型破りな授業は生徒たちばかりでなく、多くの教師の注目を集め、栄光学園には見学者があとをたたない。
2016年から自身が主宰する私塾「いもいも」でも指導。「子どもたちがありのままに輝く」ことを主眼にした独自の授業で、訪れるすべての子どもたちを文字通り輝かせている。現在に至るイモニイの軌跡、その思いを聞いた。

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―― 今の子はやりたいことがあっても「こうしなきゃいけない」という思いのほうが強くなって、それで心の病気になる子も多いようです。

井本 今の学校教育、皆が考えている「学び」とは、要は「何かができるようになる」ということではないですか。子どもにとって「できる」か「できないか」でジャッジされたらどうなるか、やっぱりできたいんですよ。であれば自分のやり方でやらずに、先生が教えてくれたやり方でやったほうがいい。なぜなら自分のやり方でやるとは失敗をすることを前提としているからです。だから今の学校というところは自分で判断しないほうがいいとなる。

でも、子どもたちは本当は失敗なんて何とも思っていないんです。はいはいから歩けるようになるのだって、哺乳瓶を自分で持って飲めるようになるのだって、全部そこに至るまで、ああでもないこうでもないという試行錯誤がある。子どもにとっては「生きる=試行錯誤」で、失敗をしないなどということはあり得ない。失敗して「あれ? なんでうまくいかないんだろう」と考える。もう一つ大事なことは、それが自分のやり方でやっての失敗だということなんです。人から言われたやり方でうまくいかなかったら、そこで止まるだけなんですよ。自分でこうじゃないかなと思ってやる。やってみてダメだから「あれ、違うわ~、なんで違うんだろう?」と自分の無意識にやっていたことに焦点を当てるようになるんです。
今子どもたちが勉強嫌いなのは勉強がつまらないからではなくて、できるできないでジャッジする大人がいるからです。学校だけでなく今は家庭もおそらくそうなってしまっている。

僕は中1を担当することが多いのですが、今は何でも許可をとる子が多いのです。たとえば問題1番、2番があった時に「2番からやっていいですか?」とか、この間は「補助線引いていいですか?」と、そんなことまで聞いてくる。「え?、いいよ、別に!」と言うのですが、彼らからしたら真剣なんです。「おそらくいいだろうな」と思えることでも聞かないと安心ができない。
それはずっと「自己判断でやっちゃダメ」とされてきたからです。だから僕の授業では「これから俺に許可を取ったら、全部ダメと言うぞ」と(笑)。だから「トイレ行っていいで……あ! トイレに行きます!」となる(笑)。
大事なのは「正解するかしないか」よりも、「その子の考えはどうだったのか」ということなので、僕は自分の解答を一切示しません。

問題を解いたら次の授業で彼らの正答・誤答をシェアするところから始まるんです。いろいろなやり方、考え方でみんながびっくりすれば、その解答を持った子は承認される。そして大事なのは失敗です。なぜ誤答なのか。まさに自分の中で当たり前にしていたことを意識化する作業をすることになるのですが、誤答問題はまず外すことはありません。
今の学校のやり方だと、失敗した瞬間に浮かぶのが、先生の顔や親の顔。自分で考える、自分のやり方でやるチャンスを子どもたちは本当に奪われているのです。

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●プロフィール

◎ いもと はるひさ
1969年神奈川県生まれ。東京大学工学部精密機械学科卒
1992年より母校である栄光学園の数学教師として活躍する傍ら、児童養護施設での学習支援、海外での教育支援にも早くから携わり、2016年からは「いもいも」教室を開校。2019年からは「いもいも」に軸足を置くべく、栄光学園正規社員から非常勤務講師となり現在に至る。。

  連 載

 

◆ゆめの森こども園代表 前島由美
連載『愛の関わりと連携で、輝きを取り戻す子どもたち』

「愛のある厳しさで子どもを守る 親子を幸せにする」

療育支援施設「ゆめの森こども園」で、生き辛さを抱えている子どもたちに向き合う前島由美さん。愛情いっぱいの関わりと、親御さんや学校・地域と丁寧に連携によって本来の輝きを取り戻していく子どもたちの実例を紹介していきます。

◎ まえじま ゆみ
療育支援施設ゆめの森こども園を開き「発達障害」とされる子どもたちをサポート。子どもの食環境改革を目指す。

道206号 安藤誠

 

◆写真家・ネイチャーガイド 安藤誠
連載『日常の奇跡』

「Nature's Best Photography Asia 2020」

ネイチャーガイドとして自然と向き合う安藤氏。
目に見えないものを見、声なき声を聞くプロフェッショナルとして、私たちが見過ごしている「日常の奇跡」を、一瞬を切り取った写真とともに届けます。

◎ あんどう まこと
写真家/ウィルダネスロッジ・ヒッコリーウィンドオーナー&ガイド
北海道アウトドアマスターガイド。

 

◆一般社団法人ハニーファーム代表 船橋康貴
連載『ミツバチが教えてくれること』

「地球で起きていることは、すべて自分ごと」

ミツバチ絶滅の危機は人類滅亡の危機
私たちが生きていくための環境維持に欠かせないミツバチの存在を伝え、守ろうと東奔西走する船橋氏。
その活動の「今」を伝える。

◎ ふなはし やすき
養蜂家・環境活動家。
世界中で激減しているミツバチを守るために、環境のプロとして、ミツバチを使った「ハチ育」や町おこしなどを行なっている。

 

◆銀河浴写真家 佐々木隆
連載『私たちは銀河のなかに生きている』

「ある修学旅行 教師が伝えたかったもの」

生かされていることに気づけば、人生はもっと豊かになる。
銀河を舞台に生命の息吹を写しとる、佐々木隆氏の銀河浴写真。

◎ ささき たかし
銀河浴写真家。銀河と地球を一体化させた写真で新聞掲載多数、数々の賞を受賞。元公立高校教諭。

道206号 野村哲也

 

◆写真家 野村哲也
連載『地球を歩く ~知られざる絶景を求めて~』

「愛の島(パラオ共和国)」

世界に飛び出し旅するからこそ見える、日本のこと、自分自身のこと。
秘境と絶景を求めて 150ヵ国以上を旅してきた写真家 野村哲也氏の連載。

◎ のむら てつや
写真家/高校時代から山岳地帯や野生動物を撮り始め、〝地球の息吹き〟をテーマに、アラスカ、アンデス、南極などの辺境地に被写体を求める。渡航先は150ヵ国以上で著書は14作。

 

◆作家 山元加津子
連載『ありのままの私たち』

「湧き上がる思いを物語に込めて」

人と違っていても、障がいがあっても、人はみな素晴らしい力を持っている。
植物も動物も人間も、みんなでひとつの命を一緒に生きている――。
長く特別支援学校で子供たちと接してきた山元加津子さんが伝える、生きる上で大切なこと。

◎ やまもと かつこ
長年、特別支援学校の教員を務める。作家。植物状態と思われる人も回復する方法があり、思いを伝える方法があることを広める「白雪姫プロジェクト」を推進中

 

◆書家 金澤泰子
連載『きょうも、いい日』

「幸せを運ぶ 翔子のダイエット」

ダウン症の書家として活躍し、また生活面でも独り立ちをはじめた娘、翔子さん。その成長の日々を、母金澤泰子氏が綴ります。
母娘の絆に、胸が熱くなります。

◎ かなざわ やすこ
書家。久が原書道教室主宰。
一人娘、翔子さんをダウン症児として授かり苦悩の日々を送るが、その苦しみを越えて、翔子さんを立派な書家として育て上げた。

 

◆茨城ダルク代表 岩井喜代仁
連載『今日一日を生きる』

「新体制で動き始めた 広島ダルク」

薬物依存者が社会復帰を目指すリハビリ施設として、薬物依存回復の確立した方法論を持つダルク。まだまだ課題はあるものの、行政との連携も進み、認知度も高くなった。それは、全国にダルクの数が増えたことも大きく影響しているだろう。
ダルクと出合って28年、自らも薬物依存回復の道を歩みながら、一人でも多くの仲間の回復を求めて各地にダルクを開設してきた岩井喜代仁氏に、各施設の開設と現在に至る道のりを聞くとともに、施設責任者の手記を紹介する。

◎ いわい きよひろ
薬物依存回復施設 茨城ダルク「今日一日ハウス」代表 女性シェルター代表
自身が薬物依存症となり、苦しみ抜いた末にダルクと出合う。以来、救う側へと生まれ変わり、薬物依存に苦しむ子供たちを預かり、共に生きて回復を目指す。

道206号 気づく気づかせる

 

◆UK実践塾代表  宇城憲治
連載『気づく気づかせる』

「目に見えない正と負のエネルギー ― コロナ禍で見えてきたもの ―」

最先端のエレクトロニクス技術者として、さらには企業のトップとして活躍してきた宇城憲治氏は、現在徹底した文武両道の生き様と、武術を通して得た「気」によって、人間の潜在能力の開発とその指導に専念。
現在、氏は目に見えないものを目に見える形にするために、「普遍性、再現性、客観性」の実践検証をもって「目に見えないもの」の存在を解き明かす研究を先行させている。

◎ うしろ けんじ
㈱UK実践塾 代表取締役 エレクトロニクス分野の技術者、経営者として活躍すう一方で、武術の究極「気」の指導で人々に潜在能力を気づかせる活動を展開中。
創心館空手道 範士九段。全剣連居合道教士七段。宇城塾総本部道場 創心館館長

◆編集部コラム 『心の奥の取材ノート』

「上智大学名誉教授  アルフォンス・デーケン先生のこと」

交わした言葉、ちょっとした仕草、振る舞い ――
今もありありと思い出す、取材で出会った人たちの思い出を綴ります。

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